taboo 6

 部屋に戻るとまだゾロは戻っていないようで、サンジは手探りで灯りのスイッチを求める。明るくなった室内を見渡し、やはりいないことを確認した。ジャケットを脱ぎ、ソファに力を抜いて腰を落とし勢いよく座る。暫くそうしていたが、キッチンへ行きブランデーを一瓶出したとき、ゾロが戻ってきた。急いで玄関まで行ったものの、いざ顔を合わせると二人は何を言っていいのか気まずい様子で立っていた。
「…お帰り」
 ようやくそれだけを喉の奥から絞りだした。
「…その…悪かったよ」
 サンジは何に対して謝っているのか、自分でも分からない。そもそもゾロとはその様な関係ではないはずだ。
「…あそこに俺がいる理由が見当たらなかったんだ」
「ああ、そうだな。俺はお前と食事に行ってたんだもんな。蔑ろにするつもりはなかったんだ」
「何で俺たちここで話してんだ? 入っていいんだろ」
「勿論だ。どこかで飲んで来たみたいだが、まだ飲めるんだろ。付き合えよ」
 サンジはそう言って片手の瓶を持ち上げて見せた。

 二人はソファに座り静かに向かい合う。
「俺はな、母親に捨てられた子供なんだ。気がついた時はジジイと暮らしてた。そう悪くはない生活だったな。ボストンのイタリア人街でレストランしてて、そこで俺も手伝いながら大きくなったんだ」
 血が繋がっていない爺さんに育てられたってのはお前と一緒だな、と言ってサンジは小さく笑った。
「何でこの街に?」
「飛び出しちまったんだよ。ジジイは気難しい奴でな、いつも衝突ばかりしていた。嫌われてると思ってたからな。愛情を持っていても、それをどう伝えていいのか分からない人間ってのがいるんだよ」
 ゾロにはそれがサンジのことなのか、それとも育ての親のことなのか判断がつかなかった。彼もまた不器用に見えたのだ。器用にみえるのは表層的な部分にしか過ぎない。
「お前は何が欲しいんだ? 口に出せ。俺にも分かるように」
 正面から見据えられ、サンジは戸惑う。その目はあまりにも真剣で、何時ものように冗談を言ってかわせそうにもない。単純な言葉ゆえ、素直に口にするのを躊躇う。魚が酸素を欲しているように、口だけが動く。その奥からは言葉が出てこない。ゾロは辛抱強く待っていたが、サンジは諦めたようにうなだれて首を振った。
 弱々しく立ち上がるサンジがゾロに手を伸ばす。訝しがりながら彼の手を取った。
「踊れるか?」
「はぁ?」
 あまりにも唐突な申し出に面食らう。
「酔ってんのか」
 立ち上がりサンジと体を合わせる。
「酔い足りないのかもな…」
 ゾロの肩に顎を乗せて言う。息が耳にかかりくすぐったい。サンジは相手の腰に手を回し、ゆっくりと足を動かした。ゾロは踊れないが、相手につられて動いた。サンジが鼻歌を歌いながら、二人は部屋の中を踊る。
「音痴だな、お前」
「うるせえ」
 二人は笑う。顔を見合わせて笑う。段々とステップは早くなり、それに合わせて笑い声も大きくなる。
「何やってんだよ」
「いいから、お前もステップ踏めよ」
 酔っ払った男二人が部屋の中で踊る様は滑稽ではあるが、子供の様に無邪気だ。
「お前が好きだ」
 やはり唐突にサンジが言った。ゾロは驚くことなく「そうだろうと思った」と飄々とした感じで答えた。その言葉のどこを探しても無理はなかった。サンジは立ち止まり、ゾロを抱きしめた。
「それがお前の言いたかった言葉だろう?」
 ゾロのそれは限りなく優しい声だった。

匂いが必要だったわけではない。商品開発の為にゾロが必要だと思うのは欺瞞だ。街で見かけ、彼を追いかけたのはただ欲しかったからだと気が付く。それが彼の匂いだから欲したのだと。
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