taboo 15

 着飾った男や女たちに次々と成功を称えられる。挨拶もそこそこにサンジはフロアを歩いて探した。パーティーが始まってから三十分が経とうとしている。自分一人が見世物になるのはごめんだ、というのもあるが、ゾロの正装姿を見たいという単純な本音もある。会社のCEOはゾロに挨拶をさせたがってるが、本人がいないのではそれもままならない。
 人の隙間をすり抜けていると、ナミが目に入った。
「なぁ、ゾロ知らねえ?」
「…待ってても来ないわよ」
 彼女にしては珍しくどことなく歯切れが悪い。
「何か、知ってんの?」
「ねえ、あんたは何でゾロを追っかけるの? 彼の仕事は終わったわ。確かに今日来ている人はゾロに会いたがっている人も多いけど、いなくたって問題はないわ。これからモデルの仕事続けるっていうんなら話は別だけど…、あれじゃあ…」
 彼女はゾロの体に残った傷を思い出す。体の中央を斜めに走っている、モデルを続けるには致命的な傷。
「何言ってんの、ナミさん。ゾロがどこいるのか知ってるんだったら教えてくれよ」
 彼女の本心がどこにあるのか分からず、ただ戸惑っている。
「あんたはただの恋人気分だったかもしれないけど、あの子にとっては違う。私たちはあの子の人生を、札束で頬をはたいて買ったのよ。そのことを分かってるの?」
「後悔してるんだ…」
「少しだけね。ただモデルをさせただけならこんな思いしなかったかもしれない。でもあんたがいたから…」
「何の心配してるのか、分かんねえ。今までの女みたいに捨てるとでも思ってるわけ? 今までと今回とは違う」
「どこが違うのか、分かんない」
「ここで言い訳してもしょうがないけど、俺は今まで甘い言葉を囁いても『愛してる』といった覚えはないよ。向こうが勝手に勘違いしただけだ」
 ゾロのことは、とナミが訊ねた。サンジは小さく一言だけ呟いた。
「…これ」
 彼女は封筒を取り出し、サンジに押し付けた。サンジは封筒を開けて中を見る。驚いた顔で手元とナミを交互に見た。
「早く追いかけなさいよ。まだ間に合うから…」
「ありがとう!」
 サンジは急いでフロアを駆け抜けて飛び出した。

 ゾロがチケットを頼みに来た時、彼は迷子のようでどこか頼りなげな顔をしていた。そんな表情はゾロには似合わない。彼女はそう思った。だが彼女は部外者で、指を咥えて見ていることしか出来ない。恋愛感情なのか、と思ったがそれとも違う。彼らは一緒にいる時、本当に楽しそうな顔をしている。ただ二人を見ていたいだけだった。

 サンジは走る。周囲は正装して汗だくになって走っている男に注目するが、気にせずに走った。搭乗手続きのアナウンスが流れる。もう会えないのではないか、という不安が背中を押す。階段を二段飛ばしで降り、ぶつかりそうになった婦人に短く謝った。時々立ち止まり、周りを見渡す。
 搭乗手続きのカウンターの前には列が出来ていた。汗でシャツが張り付き、気持ち悪い。額から落ちる汗が顎を伝う。手で拭いながらもう一度見渡した。

 見慣れた後姿が人垣の間から目に入った。形の良い後頭部と伸びた背筋。
「ゾロ!」
 大声で呼ぶと、男はゆっくりと振り向いた。
「お前…、どうしてここに…」
 サンジはゾロを力いっぱい抱きしめた。サンジの湿った髪をゾロは撫でる。正装姿はすでに崩れて、ブラック・タイは取れている。いつもきちんとしている男の姿は影もない。
「捕まえた…。もう離さねえぞ…」
「おい、みんな見てるって…。離せよ…」
 サンジはゾロの口を塞いだ。ゾロの顔を手ではさみ、角度を変えて何度も深く口付ける。ゾロは抵抗するが、離そうとしないサンジに業を煮やし、拳を腹に打ち込んだ。
「……ってぇ! 何すんだ、てめぇ!」
「その台詞は俺のだ! アホか、てめえは!」
 口を袖で拭いながらゾロは叫んだ。その顔は耳まで真っ赤だ。
「なあ、最初からやり直そうぜ。お前の仕事がなんだって、俺は別に構わない。側にいてくれりゃあそれでいい」
「…家賃は半分出す。だけど俺の稼ぎじゃあ、あそこの家賃半分も出せねえ」
「…分かった。日本から帰ったらとりあえず、家探しだな」
 その言葉にゾロは笑った。今度はゾロがサンジを抱きしめた。顎を肩に乗せた時、何故かここが居場所なのだと感じた。二人は顔を見合わせて笑った。もう一度キスをした。

「そんなに急いで探さなくても、飛行機に乗っちまえば隣の席なのに。アホだな、お前…」
「そこまで気が回らなかったんだよ。ここで会えねえと、もう一生会えないような気がしてさ…」
 正装姿で荷物も持たず乗り込んできたサンジにアテンダントと乗客は目を丸くした。
「その格好、どうにかならねえのか。目立ちすぎだ、お前」
「着替えなんてねえよ。日本に行ったら買うさ」
 そう言ってサンジはゆっくりとシートに体を沈めゾロの手を握る。ゆっくりとゾロはその手を握り返した。もう迷うことなどないのだろう。自分の気持ちを確信し、横にいる男を見ると笑っている。
 戻れば新しい生活が待っている。この男の作る飯をまた食えるのは、悪くない。ゾロはそう思いながら窓の外に目をやった。誰かがつけているのか、どこからかTABOOの香りがする。すでにラストノートなのか、それは甘い香りを漂わせていた。

 喜びも悲しみも戸惑いも、全てその香りの中にある。思い出すのは、ただ柔らかく笑う男の顔と、褪せた金の髪。

 ゾロは記憶の付箋をその香りにつけた。






2001.11.11発行・蒼海灯(伊予野ぽんかん)個人誌
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