taboo 13

 白い清潔な天井が目に入る。自分がどこにいるのか把握できずに体を起そうとした時、体に激痛が入った。
「いっっってぇ…。なんだ、こりゃ…」
 自分の胸に巻かれた包帯に目をやる。
「まだ無理だろう、寝とけよ」
 ドアからくたびれた様子のサンジが入ってきた。そのシャツは血糊でべっとりとして、シャツだけでなくスーツやコートまでも汚していた。
「どこだ、ここ。…お前、どこか怪我したのか?」
「アホか! こりゃあお前の血だ! 見りゃわかんだろ。病院だよ、病院。お前刺されたの。命に別状ないってさ」
「ああ! あのティムとかいう奴…。何なんだよ、アイツは」
 ベッドの上で憤慨する。
「逆恨みで俺を刺そうとしたんだと。…何で俺を庇ったんだ?」
 不意にその言葉は真剣なものへと変わった。
「…意味なんてねえよ。頭で考えるより、体が先に動いたんだ」
「お前…、どうすんだよ…。撮影これからだってのに」
「命に別状ねえんだろ? 傷も縫ったみたいだし。出来るよ、撮影」
 その言葉にサンジは首を振る。
「体に傷があるのに、モデル出来ねえだろ…。馬鹿だよ、お前。俺なんか放っておけばよかったんだ。俺のためにお前が傷つくことなんてなかったんだ…」
「な、泣くなよ…。これくらいのことで…」
 涙を拭うこともせず、ただ泣いている。所在なげな様子で、迷子の子供のようだ。
「お前はチャンスをふいにしたんだ。俺のせいで…」
「お前のせいじゃない。俺は自分の意思で動いたんだ。お前に命令されたわけじゃないしな。仕方ねえよ…」
 痛む胸を庇いながら、優しくサンジの肩を抱きしめた。子供をあやすように背中をさする。
「ねえ、それって立場が逆じゃないの?」
「ナミさん…」
 ゾロに抱きしめられていることを照るわけでもなく、サンジは顔を上げた。
「撮影、やるわよ。さっきロッドニーと話したんだけど、新作の香水も香水なことだし、傷を前面に出してやるわ」
「出来るのか?」
 ゾロはどこか喜びを隠せずに言った。
「それはあんた次第よ。こちらもここまで来て新しいモデルを探すのも時間がかかるし、リリースも遅れる。損失は出したくないの。何よりあの男の思いのままってのは腹が立つわ」
 彼女はゾロの前に立ち、礼儀正しく謝った。
「ごめんなさい。あの男を追っかけていたんだけど、見失ったのはこちらのミスよ。しかも傷まで負わせて…。狙っていたのはあなたじゃやなくてサンジ君だったけど、新作発売の妨害を狙ったものだからどちらでもよかったみたいね」
「あんたが謝ることじゃねえよ。一番悪いのはあの男だろ? もう警察に捕まったんだしさ」
「そう? そう言ってもらえると助かるわ」
 彼女はあっけらかんと言う。ゾロは少しだけ許したことを後悔した。もっと恩を着せるべきだったかと。
「じゃあ、行こうぜ」
 ゾロは点滴を腕から抜き、ベッドから降りた。
「ちょ、ちょっとまだ駄目よ」
「何やってんだ、てめえ…」
 ナミとサンジは驚いてゾロを止めようとしたが聞く耳をもたない。命に別状はない、傷は直ったといって聞かない。命に別状はないといっても、右の肩甲骨から左の脇腹までざっくりといっているのに。動くとまだ痛むはずなのに、ゾロは顔に出さない。服に着替えて呆れている二人を待っている。
「行くのか、行かねえのか。どっちだ」
 その言葉に、呆れながらも従うしかない二人だった。

 スタジオの中はまるでゾロが戻ってくることを知っていたかのように準備されていた。スタッフは全員言葉もなく、ゾロに視線を向ける。白いシャツを羽織っているだけの彼の胸からは、生々しい傷が見えている。所々血も滲んでいるようだった。
 ゾロがカメラの前に立とうとした時、サンジが呼び止めた。ゾロの手に小さな瓶を握らせる。それは薄い緑色のクリスタルで出来ている細い瓶だ。
「昨日出来たんだ。瓶まで俺がデザインしたんだぜ。これはお前だ。透明感があって、姿勢がよくって、潔い。発売されるものはトワレだからもう少し大きいんだけどな。小さいやつを一つ作ってもらったんだ。持っていけ…」
 サンジの目にはこんな風に映っているのかと思うと、少々気恥ずかしいものがあった。
「きれいだな」
 ゾロは手の中にあるものをしっかりと握りしめた。
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