カテゴリー : 2011年 8月

2006/9/29 (4)

サンジェルマン…。そこがどういうところか私たちイマイチ良くわかっているわけではないみたい。
「とりあえずお買い物できるんじゃないの?」程度。
国立美術学校の角を折れてとりあえず真っ直ぐ進んでみる。よくわからんなーと思いつつ適当に曲がったりして行ってみるとやがてサンジェルマン大通りにぶつかった。よさそうなお店はあるかしら~ときょろきょろしつつぶらぶら。
探してみるも、イマイチ、系統が違う。一応ガイドブックを持っていたので見てみるものの、やっぱりどうやら違う感じ。バッグが欲しいといっても街歩き用だから、かんたんな、安いのを探していたのだった。すいません、本当によくわかっていなくて。
教会を遠めに確認しつつ、移動した方が良さそうね、と再び川の方向を目指す。細い道に入っていってみると、なんだか楽しげなお店が賑やかに建ち並んでいる界隈に出た。食材店やお惣菜屋さん、小物を扱うようなお店もちらほら。ゆっくり眺めながら、のんびりと一応シテ島を目指して歩く。
そして、この頃だったかな。空模様が怪しくなり始めたのは。
カオルコ、ちゃんと折り畳み傘を日本から持ってきていたのに、そしてパリのお天気は油断がならないということは承知していたのに、傘はわざわざホテルに置いてきていた。使えない。

そのうち、通りがかりのアクセサリーや布製品を扱っているお店でお手ごろのショルダーバッグを見つけて、珍子馬さんご購入。見つかってよかった。

空が暗くなってきたと思ったら、ぽつぽつ雨が降り始めた。大降りにはならないので、気にせず歩くことにする。
美味しそうなお店がたくさんあって、なんとなくお腹もすいてきている。今思えばここでなんかご飯を食べておけばよかったのよ。なんでそうしなかったんだろ?

セーヌ川が再び見える頃には本格的に降り始めて、信号待ちの間書店の軒下で雨宿りしたりする羽目に。
しかしこれは本当にただの夕立だったらしく、一度ぱあっと降ってしまうと、じきに小止みになって、空が白っぽく明るみ始めた。
気温もやや下がって、ニットを着ているのでちょうどいい感じ。
目の前に架かる大きな橋を渡るとそこはシテ島。すぐ右側にノートルダム大聖堂が見えた。ちょうど鐘が鳴っていて、時計を見たら19時だった。

そろそろ薄く闇が下りてきて、視界も悪くなってきた。帰る算段をつけなきゃいけないかなーとぼんやり考えつつ、真っ直ぐ進み、橋を渡ってサンルイ島へ。
ここで、そういえば鳩子さんがあそこでアイスを食べて!と力強く語っていた事を思い出すも、お店の名前も場所もお互いうろ覚え。とりあえず橋を渡って一番最初に見えたアイス屋さんでアイスクリームを買った。うまい。十分うまいよ。
ちなみにそのアイスクリームのお店はベルティヨンだったと思うんだけど、当然ここはそのお店ではない。
アイスを舐めながらてくてく歩くと、前方の建物の壁が薄赤く染まっているのが見えた。珍子馬さんが「あれ!夕焼けじゃないですか!?」と言うので、ふたりで慌てて川を目指す。
建物にはさまれた細い路地を抜けて川沿いの道に出ると、右側が真っ赤に染まっていた。

橋の上、右側に夕焼け。 そして左側には虹が。

パリではそんなに珍しくないのかな。私は珍しくて嬉しかったのではしゃいでしまった。
夕日をバックに写真を撮っていると、刻一刻と日が落ちて闇が濃くなっていくのがわかる。このあとあっという間に夜になってしまった。だいたい20時くらい。

 

 

 

 

今こうして記憶を呼び起こしながら地図と照らし合わせていくと、あー、あそこにアレがあったのか、とか、ここに行けばこれがあったのに、とか、思うことがたくさんある。でも、そう思えるのがそもそもあのでたらめなお散歩のおかげなんだよね。ちなみにベルティヨンはこのとき夕焼けを見た橋から真っ直ぐサンルイ島に戻って一番最初の角にあったもよう。そんなもんだよ。

さて、暗くなってしまったのでもういい加減帰らないといけない。たしかシテ島から真っ直ぐホテル近くまで帰れるバスがあったはず、と、カオルコのうろ覚えの記憶を便りにバス停を探す。

85番のバス停はうまいぐあいに見つかった。本数はそれほど多くないのかな。よくわからない。しばらく待っていたらやってきたので、乗り込む。
後ろの方の席につくと、お若い男女の集団がいて、けたたましい声で喋りつづけている。アナウンスなんか全然聞こえない。乗客はバス停ごとに次々乗り込んできて、時間帯もあってか、なかなか混んでいる。
下りるバス停の名前も当然うろ覚え。たぶんこれだったと思うんだけど~、と思いながら外を眺める。サクレクール寺院が斜め横に見えたあたりで「たぶんこのへん」と下りてみる。
…うろ覚えすぎた。

結論からいうと、カオルコの覚えていたバス停の名前は下りたいバス停から2つ先のもので、頭の中の停留所付近の地図と現在地が全くかみ合わなかったので、ホテルにたどり着くまでに全然違う所をぐるぐるめぐる羽目になった。
疲れ果てているうえ、お腹もすいてるし、頭が働かない。時計を見るともう21時を回っている。クリニャンクールとかバルベスとかそういう地名が見えて、これが見えたらいかんのじゃないかなーということだけ辛うじてわかったのだけど、なんにせよもう暗いし、初めて通る道だし。ようやくこのあたりで私の頭に、あんまり治安の良くない場所だという事実がちらちら浮かんでくる。
通りの名前を確認しながら、うろうろしつつ、下りたバス停まで戻ったところで、カオルコようやく頭の中の地図と地形にピンときた。「とりあえず坂は下るべきだ…」と気付く。なんとかホテルに帰る道程が判明した。くたくた。一応事前に調べていたのだけど、肝心のメモはホテルの鞄の中なのだった。どうしようもない。

明るい大通りまで戻ったところで、適当なお店に入ってようやくご飯。カオルコもう眠くてへろへろ。
入ったはいいけど案の定メニューがさっぱりわからない。珍子馬さんとこうじゃない?ああじゃない?といいながら考えるも、もうなんだかなんでもいい気分になっている私。
そんなこんなで、珍子馬さんがお隣の席に座っていたカップルの男性がいない時に、女性に聞いてみたところ、彼女達はイタリアからきている旅行者だった事が判明。女性は伊仏か仏伊かわかんないけど豆辞書みたいなのを出して、「これよこれ」みたいな仕草をしてみせた。
とりあえず簡単なコースのセットがあって、それを頼むと良いよと教わる。それがあたりだったか外れだったかも教えてくれた。彼氏も気のいい感じの人でとってもお似合い。メルシーはグラッツェでありがとう、という話をすると、リガトーニ!パスタ!とありがとうにウケるイタリア人カップル。私と珍子馬さんは「アリガトーニ」っていうパスタがあるのかーとそのときは思ってた。
珍子馬さんは前菜にエスカルゴを頼む。なぜなら隣のカップルにすすめられたから。私もひとつ貰って食べた。初めて食べた。珍子馬さん、メインはなんだったっけ?
私はお魚を食べた。クリームソースのサーモンだったかな。お味は、まあまあ。こんなもんかな、と。

このあたりは記憶も不鮮明で申し訳ないのだが、アコーディオン弾きのおじさんがテーブルに弾きに来た。アコーディオンだったと思うんだけど…。わー。もう本気で忘れかけている。

そんなふうにして何とか食事を終え、よろよろと戻ってから書いた日記を参考にこれを書いているわけだが、最後の方はもういろいろ限界で記述があっさりでいろいろ足りていない。
なにせ、料理が出てくるのにものすごく時間がかかって、眠気と戦いながらの食事だったので!
お店を出たら日付が変わっていた。
ホテルに戻り、シャワーを浴びて、寝たのは多分1時半くらい。
翌日もとても早起きの予定。

2006/9/29 (3)

人通りはあまりないが、お昼の時間帯なので、通り沿いのカフェには人がたくさんいる。
お洒落げな日本料理のお店が途中にあって、満席に近い雰囲気だった。テラス席で食べている人もいて、チラッと見たら松花堂弁当みたいな感じでなかなか…。高そうだったけど。
それにしても皆さん普通にお昼からお酒を召し上がっておられるようだ。すごいなー。平日なのになー。

やがて、前方がやや開けて橋が見える。
高いビルが少なくて全体的に見通しがよく、目当ての建物なんかが遠くの方に容易に確認できるのであまり感じないが、ここまででも結構な距離を歩いているはず。だがこのお散歩はまだまだこんなものではおさまらないのだった。

アルマ橋付近まで行くとエッフェル塔が見えた。夜が綺麗だと聞いていたのだが、今回は残念ながら見ることは叶わず。

右前方はるか遠くにオルセー美術館が見える。このお散歩は「オルセーに行こう」という目的のもとに始まっているので、まあ、あそこまで行くんだね、と思う。


オルセーまでどう行くかという手段について珍子馬さんと話し合った記憶はないのだが、「セーヌ側沿いに歩いてみようよ」という話はした記憶があるので、この段階ではこれを実行している状況。

川沿いの、舗装されていない道に入る。入ったとたんとっても犬臭い。とくに何もないのでさくさく進む。左手に大きな建物がいくつか見えているので、あれは何かね、とか、あの橋はどれかね、とか地図を見ながら進んでいく。
アンヴァリッド橋を通り過ぎ、アレクサンドル3世橋を見ながら、「あれを渡ってあっちの建物見てみよう」ということに。


それにしても普通に歩いているだけで観光名所的なものがあちらからやってくるような錯覚。パリって本当に、見るものがたくさんあるんだなー、と思う。観光にはそれほど興味がなかったのに、気付けば「あれはなんだ?」ときょろきょろしてしまっている私。
心構えがなっておらずあまりに不勉強すぎて、グラン・パレとプチ・パレとわかってもそれがなんなのかさっぱり(今はわかってますけども)。

橋のこちら側にも立派な建物があって、それがアンヴァリッドだった。ということも、それがなんなのかということも、帰国後に確認している有様。まったくのダメ旅行者。パリに申し訳ない…。(凱旋門賞のことで頭がいっぱいだったのでゆるしてください)

左岸には戻らず、そのまま右岸をルーブル方向にてくてく歩く。風が多少強かったけれども心地よく、なんともいえずいいお散歩コースだった。お天気なのが第一条件だとは思うけれども。
周囲の木々はうっすらと染まり始め、日差しは強いけれどどこか秋の面持ち。残暑と初秋を行ったり来たりといったところだろうか。
私は日本から着てきたそのままの服装だったので、半そでに薄手のニットカーディガン、ジーンズにブーツという出で立ちだったのだが、日中はちょっと暑いな、と感じたが、空気がからっとしているのでとても過ごしやすい。日本でこれだけの日差しの中を歩いたら(すでに相当な距離を歩いている)、きっと汗みずくになっていることだろう。


途中でコンコルド広場をやや遠目に見て、オベリスクを確認。見ただけ。反対側にはブルボン宮。これも見ただけ。
川沿いの風景はとても美しく、木々の向うの自動車の流れすらなんだかいい雰囲気。その向うに見える建物も、なんだかわからないけどかっこいい。あの時は何にもわかっていなかったけれど、多分道の向こうにはオランジュリー美術館があったと思われる。カオルコにフランスはもったいなすぎだと思う瞬間。
ルーブルが近くに迫ってきたあたりで、いったん川の近くにおりて、対岸のオルセーを眺める。
下側から登って芸術橋を渡る。橋の上にはベンチもあって、人がたくさんいて、公園で過ごすみたいにのんびりしている。欄干の下に座り込んでいる人も多数。そういう場所なんだね。

というわけでようやくオルセー美術館に到着。時間はだいたい14時くらいだったかな。お昼を食べ終わってから延々歩き続けてこの時間です。
オルセーに行きたいと言ってたのは珍子馬さんで、以前来たときに見たニジンスキーのなんか(すません、よくわかんなくって)が一応お目当てだったのだけど、結局それは無かった模様。
入場料は7.5ユーロ。チケットを買って入口に向かうと、ドアの係と思しき黒人男性が「日本人?こんばんは」と声をかけてきたので、「こんにちはー」と二人で声を合わせて答える。だって2時だからね。男性はこんばんはとこんにちはの区別が不確かだったようで、「ボンジュール、こんばんは?」と聞いてきたので「ボンジュール、こんにちは。ボンソワ、こんばんは」と言うと、おー、と言って復唱していた。ついでに「メルシー、ありがとう」を復唱しあいつつ、入場。

私は絵のことは全くといっていいほどわからないので、眺めて「ほー、」と思うだけなのだが、それでも十分楽しいし、なんといっても美術館は広くて静かなのがいいな。そこで人の作ったものをただ眺めるというその行為自体はとても好きだ、と思う。たらたらと絵を見物する。名画と私、的な記念撮影をしている人が時々いる。見た記念なんだろうね。でもちょっと証拠写真ぽいなーと意地悪く思ってしまった。
学校の美術の時間に習ったような絵もちらほらあって、まあすごいわねえ、と思いながらぐるぐる回る。ドガの「踊り子」を見て、あー、これ初めて知ったの悪魔の花嫁でだったなあ、とか思う(浅すぎる)。そんな感じで、時々座って眺めたりしながらほぼひととおりは見て回ったかな、という頃、上階の屋外テラスに出てみる。遠くに見える町並みを眺めながらしばし休憩。
壁沿いにあるベンチの端っこに腰掛けてぼうっとする。風がとても気持いい。珍子馬さんは離れた所で煙草休憩中。ひとりでぼーっとしていると眠くなってくる。さすがにちょっと疲れている自覚あり。
すると、隣に座っていたご婦人が私に向かって、自分の手首あたりを差す仕種をして見せたので、「あー、時間ね」と思って、時計を見せて、直後、とんでもなく無意味なことに気付く。
「あー、ごめんなさい…えー、じゃ、じゃぱにーずたいむ…」と恥じ入りながら告げるとご婦人は笑って、逆側の隣の人に時間を尋ねていた。すみません、常にアホで。ずっとマイナス7時間ならぬプラス5時間で現在時間を確認していたのだが、こんなこともあるのか、と、後になってから時計を直した。この時点で15時半くらいだっただろうか。下のカフェでお茶でも飲みましょう、と珍子馬さんと移動。
私は冷たいカフェオレを頼み、珍子馬さんはアイスコーヒーを頼んだ。カフェオレは牛乳のおかげか多少冷たかったが、アイスコーヒーはあんまりだった様子。冷たい飲み物に氷を入れるという概念はないんだろうかと二人で疑問に思う。疲れてたので喉がカラカラだったのだ。でもこちらではアイスオレとか、もともとは存在しないらしい?よく知らないが。

下りながら彫刻を見たり(ロダン怖いとひたすら言っていた記憶あり)しつつ、オルセーを出たのは多分もう17時近かったんじゃなかろうか。
珍子馬さんの街歩き用のバッグを探そう、ということになり、なんとなくサンジェルマン・デプレ方面を目指す。

2006/9/29 (2)

ホテルから一番近い駅は地下鉄2号線のAnvers駅。まあまあ便利だと思った。不便を感じられるほどパリの事を知らないだけなのだが。

ホテルを出て、まずは凱旋門を目指すことにする。凱旋門賞を見にきたんだから凱旋門の写真を撮らないわけにはいかない、というのは私の主張。

地下鉄よりバスに乗ってみたいなあ、と漠然と思っていたので、駅のバス停から30番のバスで凱旋門あたりまで行ってみるつもり。1本で行けるというのは楽だ。

その前に。

今回の旅行、短い日程なのに予定がいろいろ盛りだくさんで大忙しなのだが、その中のひとつに、「三ツ星レストランでのお食事」というのがあった。レストランは「ル・サンク」。日曜日はお休みのお店が多い中、こちらは年中無休だったので必然的にここになった。日本で、カード会社を通じて予約はすでに入れていたのだが、その確認を今日中に行わなければならない。

ホテルの玄関脇に電話があったのをチェックインの時に確認して、「出かける前にあれを使って済ませてしまおう」と思っていたのに、あっさり失念して出掛けてしまった。思い出したのがAnvers駅に向かう途中の道で、ちょうど公衆電話があったので、それで電話をかけてみることにする。

えー、クレジットカードをここに通して、それからどうすんの?かかんない。どうなってんの?どうやんの?暗証番号?押したけど変わらないよ?

と、がちゃがちゃやってるうちに、珍子馬さんがいきなりわかって、やってみたらちゃんとかかりました。こうやって逐一書いてると、私かなりお世話になってるなあ。すみませんね…(笑)。カード会社の方にお願いして、とりあえずこれで安心。

いったん地下鉄の階段をおりて、駅窓口でカルネという回数券を買うことにする。Anvers駅はサクレクール寺院の最寄駅にあたるので、観光客が多く、三つしかない窓口に人がけっこう並んでいる。

「アン、カルネ?でいいのかな?しるぶぷれっていうのかな?」

みたいなレベルでなんとなく買えた。

地上に戻って、バス停でバスを待つ。バス停のフードの上部に、「何番のバスはあと何分でくる」というデジタルの表示があってわかりやすい。

なんか来たな、と思ってみていたら、さっと現地の女性が前に出て手を出して、バスを停めた。あの人みたいにすればいいんだわ、と思って、切符を入れる仕草とかをじっと見る東洋人(私だ)。おかげで戸惑わずに乗車出来た。

ロシュシュアール大通りからクリシー大通り。窓の外を眺めながら珍子馬さんと「歌舞伎町?」「歌舞伎町だ…」と確認しあう。SEXSHOPという看板がいたるところに…ストリップとかもね。この近くにはムーランルージュがあるんだよね、そういえば。

事前にいろいろ調べたところ、北駅付近、サクレクール寺院やモンマルトルより上の方、は治安が悪いとことごとく書かれていた。たしかに洗練されたきれいなパリのイメージで行ってみるとちょっと印象が悪いかもしれないけど、私は別になんとも思わなかった。もし別の機会に、もっと、所謂パリと聞いて最初に思い描くような所に滞在したなら、また別のことを思うんだろうか。でも今回の旅行の移動に関してはとても便利だったし、わかりやすくて良かったと思う。

バスは楽しかった。外の風景が見られるし、お天気は上々で明るい日差しがとても気持ちいい。パリにいるんだなー、という気分に、だんだんなってくる。

あと何個、とバス停の名前を確かめながら、目当てのところで下車。目の前に凱旋門が見える。バス停が真横からの位置だったので、道を渡って前のほうに回りこむ。

少し広くなっているその場所は中国人の観光客でいっぱい。最初は下がって見ていたのだが、ファインダの中にその人々の頭がたくさん入るのに閉口して、前のほうに出て写真を撮る。

よし撮れた撮れた。これさえ撮れればまあとりあえずはいいんじゃないの?なんといっても私たち、凱旋門賞を見に来たわけだし。

というわけで、特に目的もなくシャンゼリゼ大通りを、お店を眺めつつぷらぷらと歩き出す。

途中で中国人のおばさんが、私たちに日本人かと聞いてきて「ヴィトンを共同で買わないか」みたいなことをもちかけてきた。あーこういうのいるって何かで読んだ気がするなー、と思いながら、「買わないからー」というとあっさり引き下がった。

凱旋門賞に6000人、とか話題になっていたこともあって、なんとなく「パリの町は日本人だらけ」だと勝手に想像していたのだけど、いざとなるとそうでもなく、ほとんど見かけない。いやそんなにいるはずないよ、と珍子馬さんが言うので、私の想像が大袈裟なだけだったのだろう。

観戦ツアーの人はきっとシャンティイに行ったり、あと土曜も競馬に行くんだろうし、団体でぞろぞろ歩いているのでなければ、日本人はそんなに目立たないんだなーと思った。多分、ちらほらはいたはずだから。

時間的にはそろそろお昼になる頃。早朝の機内食からは大分時間がたってるし、お腹がすいてきた。なんか探そうと横道にそれてみる。

「何食べよっか」といくつかお店を通り過ぎ、イタリアンのお店に入った。ケースの中のパスタやお惣菜を選べるお店だった。

私はラビオリを一皿。珍子馬さんはラザニアと茄子のなんか。真ん中の大きいのはチーズね。


お惣菜も食べたかったのだが、最初に盛られた皿の量を見て諦めた。案の定多すぎて途中で飽きた。でもまあまあ美味しかった。

コーヒーはいるかと聞かれて、いらないと言ったつもりだったのになぜか私の分だけ出てくる。

これお金いるのかな?どうなんかな?と飲み終わって店を出る前に値段を聞いてみたら、ウェイターさんはいらないと言ったようだったのに、レジのとこにいたおにーさんが笑いながら「2××ユーロ」とかメモに書いて私たちに見せてきた。あはは。で、つまり最初からついていたのかな?いまだにはっきりわからない。

(そしてこの時点ではまだユーロの金額を見て咄嗟にいくらか判断できていない)

再びシャンゼリゼ大通りに戻り、さて、セーヌ川方面を目指しますか、と、ジョルジュ・サンク通りに入る。

2006/9/29 (1)

29日の真夜中。
機内食が出たのは日本時間でAM3:00。当然食べる。日記を見ると、「明日の朝からきっちり動くためにあと2時間くらい寝るのを我慢しようと思う」と書いてある。この時点であと10時間かかる見込み。寝るまでの時間、ダヴィンチ・コードの吹き替え版を見て過ごした。

日本時間AM11:45に空腹で目覚める。
現地時間ではAM4:50なのでとても早起き。飛行機はバルト海上空を飛行中。ロシアは広いですなあ…(と日記に書いてある)。やっとロシアを越えたあたり。あと1時間で朝ごはん…。

到着はAM6:50。
飛行機を降りると空気はひんやりしていた。よくわからないまま入国して、荷物が出てくるのを待つ。周りを見渡すと東洋人(日本人かどうかわからん)とそうでない人が半々くらい。あんまり日本といるのと変わらない気分。
荷物を受け取って、パリ市内に向かうため、駅を目指して移動。私たちが到着したホールAはターミナル2のはじっこなので、駅まではちょっと歩くことになる。現在地がわかる地図がちょこちょことあるし、トイレや交通機関の案内も当然わかりやすく表示されているので歩くのには困らない。シャトルバスを使えば早いのかもしれないけれど、歩いてもそんなに大変とは思わなかった。
途中でトイレに寄ったりして休憩。途中でレンタカーの表示に気付く。明日、鳩子さんとはここで待ち合わせの予定なので、念のためにエスカレーターで降りてレンタカー会社の名前を確認した。

駅に到着。
それほど混雑している印象はない。
自動券売機がぽつぽつと立っているけれど、これはコインかカードでないと切符が買えないので、窓口の方に行ってみる。が、なかなかの行列。珍子馬さんと相談して、何か飲み物でも買ってお金をくずそう、ということになった。
レジの女性にお水とオレンジジュースを頼んで、コインでお釣りをくれというようなことを言ってみる。すると彼女が、「あっちの方に両替機があるからそっちで両替したらいい」的なことを教えてくれた。
なるほどねー、と、とりあえず店内の奥の方に移動して着席し、一息つく。そこで私は入国早々ジュースをこぼすという粗相をしでかす。長旅で疲れ果てた自分に自分でダメージ。「ひー」とか「ぎゃー」とか言いながら、バッグに入れていたティッシュをほとんど使い切ってしまう。

軽く休憩したあと、両替機を探すべく再びうろつくもイマイチわからない。駅の係員らしき人に珍子馬さんが尋ねると、どうやら最初に並んだ窓口の中と判明。行ってみると列と表のウインドーの間にぽつんとひとつ、それらしき機械が。先客がいらしたので、その方のやり方を見て、なんとか小銭を確保。券売機で無事切符購入。
上のほうに小さいモニタがいくつかあって、RERの発車時間と停車駅が表示されている。北駅直通の列車に乗りたかったので、時間を確認してホームへ向かう。
改札は無人で、バーを回すタイプの自動改札機が幾つか並んでいる。切符を通してバーを押すのだけども、カオルコ、ここで二度目の粗相。
切符を入れてバーだけ回して自分そのまま。
ありえない。
バーに手をかけてキャリーバッグを押したんだけど、バッグがすぐに動かなくてもたもたしてるうちに体重をかけた手の部分だけがあっち側にまわっちゃったのだ。
珍子馬さんはあっさり通過している。
「なにこれどうしよう!どうすれば!?」
もう一度切符を入れてみるも当然バーは動かない。
えー、払い戻しとかしてもらうの?えー絶対説明できない。切符もう一枚買うべき?えー、えー。えー?
「あー、いいや。ここ越える」
バッグだけ前に出して、カオルコ、バーを乗り越える暴挙に出る。もう粗相どころじゃない。
切符は買ってるんだし問題ない…はず。よおし、ととりたてて咎める人も居ないのをいいことに、乗り越えてそのまま真っ直ぐ歩き出したところで、珍子馬さんが「コートコート」と、指差している。振り向くと、改札のバーに買ったばかりのコートがひっかかって置き去りになっていた…。珍子馬さん大ウケ。
先が思いやられる…。

空港から北駅までは30分かからないくらいだったかな。人はあまり乗っていなくて、ガランとしている。窓の風景を見ていても、外国だという実感はあんまりわかない。不思議。
空はやや雲が多い。晴れとも曇りともつかないお天気。この時期のフランスは雨が多いそうなので、降っていなければ幸いというべきなんだろうか。

北駅はとても広くて、人もたくさんいて、都会の大きな駅、という感じ。改札内にショッピングモールみたいなものもある。頭上の案内表示を見ながらエレベーターで上がり、明るい駅構内に出る。ホテルへはこの北駅の正面を走る通りを右に真っ直ぐ行けば着くはず。

駅前はなにやら工事中で狭くて歩きにくい。駅の正面の通りはそれほど広くなくて、向かいにはカフェがたくさん並んでいる。とりあえずホテルを目指して真っ直ぐ歩く。ホテルまでは10分弱くらいかかったかな。けっこう歩いた。
小さいレセプションにスタッフの人が二人。バウチャーを見せるとすぐに確認して、部屋の鍵がもらえた。この時点で多分AM10:00前くらいだっただろうと思うのだけど、部屋に入れるのはとてもありがたかった!飛行機の中からずっとそのままで、顔とか髪とか、けっこう悲惨な状態だったので。

部屋は小さいシングルベッドが二つとベッドランプがそれぞれひとつずつ、デスクと椅子、クローゼットがついている。バスルームは洗面台とトイレに、洗濯機置き場みたいなシャワールームがひとつ。まあこんなもんだろう。とりあえず顔を洗えるだけでも嬉しい。軽く身支度を整えて、すぐに部屋を出る。
今日はこれからパリ市内を観光する予定。

2006/9/28

とうとう出発日。14時40分くらいの成田エクスプレスで新宿から成田に向かう予定。珍子馬さんとは12時半くらいに南口で待ち合わせ。

私は少し早めに出て途中で電車を降り、家賃を振り込んだりとモタモタしてみたり。この日はとても良い天気で、半袖に薄いニットを着ていた私には少々暑いくらい。でもお天気なのは何より。
午前中会社に出ていた珍子馬さんと合流し、お昼ご飯を食べにぷらぷら。やー、ついに出発ですねえ、といった感じで笑いが止まらない気分。改めて考えてもなんか、おかしい。私たちはなぜに凱旋門賞を見に行っちゃうんでしょうかね?いやそれはディープが走るからなんだが、なんか妙な勢いに流されっぱなしでここまできてしまったなあ、とすでに感慨深い。まだ旅は始まってもいないというのに。

そもそも私は、別段筋金入りのディープインパクトファンというわけではないので、ディープの応援に行かねば!という熱い気持ちゆえ、とかそういうのではない。ではなぜかというと、今回旅立った多くの人がそうだろうと思うのだけど、無敗の三冠馬が武豊を背に凱旋門賞を制するなんていうシーンを見られる可能性は、今回を逃したら、生きている間にはもう二度とないと思ったからだった。

多分最初に意識したのは天皇賞・春が終わったあたり。具体的に考え始めたのは、休みを取るのが可能だと気付いた時。5月頃かな…。休めるなら行くしかないな、と自然に思った。
旅行慣れしてるわけでもないし、ましてやフランスどころかヨーロッパには足を踏み入れたことのない人間だったのだが、ひとりでも行くつもりでいた。英語すら、中学レベルも覚束ないのに!フランス!
でも言葉が出来ないなら出来ないなりに、最低限の会話ですむよう、下調べを入念に行いさえすればなんとかなるはず、と勝手に思い込んで、旅行が決まらないうちからいろいろと調べ始めていた私。調べれば調べるほど行く気持ちは固まっていった。
ちなみに旅行会社主催のツアーは初めから選択肢にはなかった。高いなー、と思って…。
結果的に今回は友人と行けることになり、競馬以外の楽しみもいろいろ出来て、短い日程ながら中身の濃い旅行になりそう。
旅行は、航空券とホテルがセットになったパックツアーを利用しました。3泊だけどほぼ4日滞在出来るというお得らしい(?)ツアー。まああんまり考えず予算に合わせてピックアップして、順番に電話して最初にすぐOKが出たのがこれだったというだけ。他はもういっぱいですとか、キャンセル待ちと言われて、「そんなにみんな凱旋門賞に行くのか…?」と青くなったものだった(実際はどうだったんだろう)。

と、そんな感じだったので、私はとりあえず、「きっと同じパックでいく人もいっぱいいるに違いない」と思い、成田のカウンターには凱旋門賞旅行客が山の様に屯していることだろうと勝手に想像していたのだが、着いて見るとなんだかがらーんとしている。昨日今日あたり、出発している人が多いはずなんだけどな~、と思いつつ、ちょっと拍子抜け。

珍子馬さんは前日も仕事で遅くなっていていろいろ準備が足りてない様子だったので、出発前にあれこれ揃えたかったようだったのに、するすると進むうちにうっかり出国…。ごめん。おかしいな。順調すぎる。

航空会社はキャセイパシフィックで、搭乗機は成田発18:30のCX505。そこから乗り継いで行くので、結局フランスにつくまでに17、8時間はかかる計算なのかな?わりとどうでもいいのであんまり良くわかってない。すみません。
機内食を食べ終わったあと、少し日記を書く。他にも細々と書いておきたいことをメモ。

22時過ぎに香港到着。通路を出たところで近ツーの案内を持った女性に遭遇。珍子馬さんと顔を見合わせてびっくり。まあ考えてみたらいないはずはないのかな…?
カオルコトイレ休憩とか珍子馬さん煙草休憩とかでのんびりしている間に周囲に人がいなくなり、どこへ行けばいいのかイマイチわからなくなる…。番号を見て、「ここらしい?」と歩いてゆくも無人。どうやら違う。到着フロアの番号なんだから当たり前なんだけど、そのときは全然わかっていなかった。のろのろと乗り継ぎの出口に向かう。早くもプチ迷子。

 メインターミナルに移動して腰を落ち着けると、私たちの向かいの席では白人の女性が椅子に仰向けになって身体を休めていた。可能なら楽な姿勢を取れるときに寝ておくべきなんだろうなーと思いながら眺める。やがて搭乗が始まり、列を作ったところで、初めて金子服を着ている人を見た。うわあ、と思った。