2006/10/1 (4)

道なりに進んでいくとパドックがあった。メインスタンドではずっとレースが行われている。
この日ロンシャン競馬場で行われるのは全部で8レース。メインである凱旋門賞は7レース目だ。1レース発送が14:05だから、日本の競馬と比べると大分のんびり。私たちがそこにたどり着いたのは、1レースと2レースの中間くらいだった。
パドックに入って上から見渡してみる。日本人は、少ないながらもわりといた。パドックから馬道に入るカーブの最前に、女子のグループがいて、日本語のボードを持っている。金子服を着ている人もいる。
落ち着いたところで、私と鳩子さんは、おなかを満たすためにスタンドへ食料を買いに行った。外にも小さな屋台みたいなものがいくつかあったけれど、屋内のちょっとしたスペースにスタンドが集まっているスペースがあったので、そこで買おうということになったのだった。
さすがフランスなだけあって、スタンドではシャンパンがグラスで飲めたりする。そこが日本とは違うなと思ったけれど、基本的にはやっぱりあんまり変わらない。私はハンバーガーとコーラを買って、鳩子さんはたぶん、ハンバーガーとビール。戻って腰を下ろしてむしゃむしゃ食べた。
パドックはそれほど混んでおらず、日本人も少なめ。日本のオッズ掲示板のようなものはないのだが、ずっとレースの模様が流れている大型のモニターがあって、パドックにいても臨場感たっぷりにレースを楽しむことはできる。私たちは無理にスタンドへ行かずともここでもいいんじゃないか、という結論に達し、パドックからメインスタンドへ抜ける馬道をちょうど真下に見下ろせるあたりに腰を落ち着けた。レースは見れなくても、ディープの姿をゆっくり目にすることはできる。
競馬の見方はいろいろだけれど、私は本当に日本の競馬場でもずっとパドックに張り付いている。パドックを見て、馬券を買って、レースは見ずにまたパドックに 戻る、というのを繰り返す。だいたい次の馬が歩きはじめたころにレースの実況が流れるので、それを聞いて、馬券が取れたかどうかは確認する。メインは見たりもするが、日本のGⅠだと、ぎゅうぎゅうのゴール前を歩くだけでも大変だし、なかなか……。早起きしてスタンドに席を確保するほどの気合がないのもあるけれど。
なのでこの日パドックで見ることは私には自然なことだった。
見ていると、馬たちは馬場に出て行ったあと、再びここへ戻ってきて、表彰式もここで行われていることが分かった。
まわりにはいろんな人がいた。フランス人だろうなという人が圧倒的で、私たちの後ろに日本人らしき男性がひとりだけいたけれど、日本語は自分たちの言葉以外全然聞こえてこない。
私の前にはふくよかな黒人女性が立っていた。オレンジのカットソーにぴったりした白のパンツが似合っている。同行者らしい男性数名と言葉を交わしながら楽しんでいる様子。場内にはずっとクラシック調のとてもかっこいい音楽が流れているんだけど(日本の競馬場との大きな違い!)、それに合わせてリズミカルに体を揺らしているのはなんというか、さすが。後ろには40歳後半~50歳半ばくらいと思しき女性の二人連れが座っている。
とりあえず最低限必要な馬券は買ったし、口頭で買うのはやっぱりちょっと敷居が高いし、自動券売機は離れたところにしかないし、というので、今日の馬券はもう終了。のんびり馬を眺める。
馬が入ってきて、出て行って、レースを終えて戻ってきて表彰式があって、というのを繰り返し見ていて思ったのは、この日のロンシャン競馬場で行われているのは、文字通り世界大会なのだということだ。日本だけじゃなく、いろいろな国の人が見に来ていて、自国の馬が勝つと大喜びしていて、さらに表彰式での歓喜をたたえた表情などを見ているとここで勝つのは夢であり、本当に名誉なことなんだなというのが伝わってくる。そういう人の顔を見ながら、心からおめでとうという気持ちで拍手を送った。とくにマンデシャが勝った後のパドックなんて、本当に素敵だった。
それから、ヨーロッパって地続きなんだなあ、ということも感じた。国境というのが、私の考えるものとはきっと全然違うんだろうな、とぼんやりと。隣国がとても身近で、文化的にも近くあり、そういった中のひとつに競馬もあるんだということ。各国でその年強かった馬が、ヨーロッパのチャンピオンを競っているんだということ。アメリカ競馬とも日本の競馬とも全然違う、ヨーロッパというひとくくりのなかで行われていることと、もしかしたら違うのかもしれないけど、その親密さみたいなものを、ちょっとうらやましく思ったりもしたのだった。
というわけでマンデシャ。マンデシャが走ったのは4レースのオペラ賞。3歳も古馬も交えての、牝馬のGⅠです。日本で言うと、エリザベス女王杯みたいな感じなのかな。マンデシャはその年のヴェルメイユ賞を勝った3歳牝馬で、凱旋門賞出走の噂もあったけれど、こちらへ出走することになっていた。こういう馬を見るっていうのは、JCにでも来てくれない限り日本のいち競馬ファンにはまったく不可能なわけで、一度くらいは馬場でレースを見ようと思った私は、ひとりで本馬場方面に移動した。
ゴール前あたりはさすがに人垣がすごかったけれど、するすると人の間を縫いながら気づけば柵の近くに立っていた。まわりにはスーツを着た男性が多い。日本と違ってファンファーレや手拍子なんかもないので、スタートの合図はたぶんアナウンスくらい。当然聞き取れないので、よくわからないまま、長身の人々の間から首を伸ばして様子を知ろうと頑張った。
ゴール直前、マンデシャが差してきて、アナウンスがマンデシャの名前を叫んだ。その途端、なぜか周囲では大爆笑が起きていた。みんな楽しげにあっはっはと笑っていた。ゆかいでたまらん!的な笑いだと思った。あまりの強さに笑いしか出ない、という感じ。怒号と、自分の馬の名前やジョッキーの名前、いけとかさせとかそのままとか、そういう叫び声が圧倒的な日本とは何かが全く違う。当てた人も多かったんだろうけれど、とにかくうれしくってサイコー!というように、人々はずっとみんな喜んでいた。
レースを堪能して戻ると、珍子馬さんが、パドックを周回する馬を見ながらスケッチを始めていて、それをフランス人夫妻が覗き込んで、なんだかんだと口を挟んでいた。

男性の方が、珍子馬さんが描いた馬の横に、自分も描いてくれとか言い出す。珍子馬さんは絵描きというかさすがにマンガ描きなの で、彼をその馬に乗せて、やったーと手を上げている絵をかいてあげた。
どこで配っていたのかわからなかったけれど、出走馬各国の小さな国旗なんかがあって、夫妻はフランスの旗を珍子馬さんに渡し、「これを持ったらあなたもプロテスタントになるのよ」とかなんとか言っていた(全員がだいたいしかわからないので不明)。
フランスの人たちはきっと慣れているんだろうと思うんだけど、そういうふうに絵をかいてるのを覗き込んでなんだかんだ言うのに躊躇がない。夫妻以外にもいろいろ人が集まってきて、珍子馬さんはにわかに人気者になっていた。
そんな空気のせいか、私の前に立っていた前述の女性も「何を買ったの?」とか、新聞を見ながら、「どれがいいと思う?」と話しかけてきた。なんとなくそんな感じで、周囲の人とコミュニケーションを取り始める。女性の知り合いらしい男性が「あれは何て読むんだ?」と、真下の角に立っている日本人女性グループが手にしていたボードを指さしたので、珍子馬さんが「あー……ドラマチック凱旋門」と教えてあげると、「おー、どらまっちっくがいせんもん」と完璧な発音で返されてびっくりしたり。まあフランス語のできる人がいないのでなんとなくではあったけれど、なかなか楽しかった。
そうこうしているうちにディープの出る凱旋門賞が近づいてきた。パドックに合田さんの姿を発見し、「あー放送始まったのかな」などと思う。
後から知ったことだけれど、私たちの立っていた斜め後ろにたしかにあったテレビカメラは、どうやらNHKの放送のものだったらしく、私と鳩子さんは恥ずかしげもなく、右後方からしっかりカメラに収まっていたのだった。あとから放送を見て、さあパドックに切り替えます、と言って切り替わったとたんに暢気に映っていた自分には、なんというか、本当に呆れた。
ユタカがいます。そしていよいよディープがやってきます。相変わらず小っちゃくてかわいい。先頭にたって進むお姉さんの騎乗馬が大きくとても美しく、その後ろをぽこぽことついていく感じが本当にかわいい。

 

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