夏が終わる前にぼくらにできるいくつかのこと 8
急げば十五分ほどの道のりをのんびりと走って戻ると、東堂の自転車は家を出たときと同じ形のままで置かれていた。巻島はその横に愛車を置き、玄関のホールからしんとした家の中をくるりと見渡した。エアコンを切って出かけたので、むっとした熱い空気が充満している。
親がいない日というのは貴重なのだ。
巻島は高校に上がった頃から家の中でひとりで過ごすことをわりあい好んでいた。とりわけ夏は裏庭の、緑の濃い風の通る一角に陣取って、のんびりグラビアなどを眺めるのがお気に入りだ。東堂さえいなければこの午後だってそうしていたいくらいだ。
来年の夏はいったいどこにいて、どんな風に過ごしているのだろう。ガラスの向こうに光る緑を見つめながらぼんやりと考える。自分は。そして今階上で、自分を待っているはずの男は。
巻島は階段を見上げた。帰宅に気づいていないのか、東堂が部屋から出てくる気配はない。
「聞こえてねえショ」
巻島はぽりぽりと頭をかきつつ、階段をのぼった。
自室のドアを開けて中を見ると、窓際に移動した椅子以外、特に変わった様子はなかった。ただ、東堂の姿がみあたらない。
(どこ行ったショ、あいつ)
部屋に入り、真っ先に思いついた場所に続くドアを開ける。案の定、シーツの上に丸まっている。
「入るなっつったショお〜、東堂ォ……ったく」
開け放したままのカーテンから差し込む日差しがベッドの上に大きく広がり、影ひとつない場所に、東堂は眠っていた。寝室のエアコンは動いておらず、この暑い中でよく眠れるものだと感心する。巻島はベッドサイドのテーブルに置いたリモコンを取り上げ、スイッチを押した。ふおん、と送風口が動いて、涼しい風が吹き出してくる。
まずは昼飯をどうするかだ。とにかく起こさなくてはとベッドに近づく。
東堂は体を横向きに、顔だけをうつぶせた格好で眠っている。上になった肩を背中側に向かって軽く押してみると、あっけないほど簡単に転がり、コロンと仰向けになった。
カチューシャは外していて、長めの前髪が額から頬にかけて無造作に散っていた。普段は挑むようにまっすぐ強く巻島を見つめる目は閉じられ、くっきりとした眉も幾分和らいで、唇がかすかに開いたその寝顔はどことなくあどけない。
(……いやいやいや、アホ面っショ)
「おきろ」
不機嫌に言ったその声に、積極的に起こそうという強さはあまりない。巻島は肺の辺りに不自然な痛みを感じて大きく息を吐き出し、一瞬の逡巡のあと、そっとベッドに腰を下ろした。
「気持ちよさそーに寝てんじゃねえヨ、あほ」
ぱしんと額の横を軽くたたいてやると、東堂は「んー」と呻いて、顔を顰めた。が、起きない。
「ほんとに起きてねえのか?起きてるショ」
何度か繰り返すと、ウウ、と唸り、反対側に寝返りをうって顔を隠した。
「起きろっショ東堂!」
ぱしん、と今度は躊躇いなく叩いた。しかし東堂はやはり顔を一瞬顰めただけで、健やかな寝息を立て続けている。まったく意識がないとは思えず、だが起きる様子もなさそうだ。なんだか急に面倒になってきて、巻島は引っ張られるようにポスンと頭を落とし、そこに転がった。少し疲れていたし、うっすらと眠気もあった。頭のてっぺんが、東堂の太腿にかすかに触れている。
ふっと意識が遠のくような感じがし、このままではまずいと思ったが、額が押されるように重く痺れて目が開けられない。
(そういや今朝、五時起きだった、ショ……)
きゅう、と腹の虫が鳴ったけれど、一度横になってしまうと再び体を起こすのは億劫だった。巻島は鼻から深く息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。
瞼の裏の明るみにひらりと影が差したような気がしたが、次の瞬間にはもう、巻島の意識は深いところまで沈んでいた。
親がいない日というのは貴重なのだ。
巻島は高校に上がった頃から家の中でひとりで過ごすことをわりあい好んでいた。とりわけ夏は裏庭の、緑の濃い風の通る一角に陣取って、のんびりグラビアなどを眺めるのがお気に入りだ。東堂さえいなければこの午後だってそうしていたいくらいだ。
来年の夏はいったいどこにいて、どんな風に過ごしているのだろう。ガラスの向こうに光る緑を見つめながらぼんやりと考える。自分は。そして今階上で、自分を待っているはずの男は。
巻島は階段を見上げた。帰宅に気づいていないのか、東堂が部屋から出てくる気配はない。
「聞こえてねえショ」
巻島はぽりぽりと頭をかきつつ、階段をのぼった。
自室のドアを開けて中を見ると、窓際に移動した椅子以外、特に変わった様子はなかった。ただ、東堂の姿がみあたらない。
(どこ行ったショ、あいつ)
部屋に入り、真っ先に思いついた場所に続くドアを開ける。案の定、シーツの上に丸まっている。
「入るなっつったショお〜、東堂ォ……ったく」
開け放したままのカーテンから差し込む日差しがベッドの上に大きく広がり、影ひとつない場所に、東堂は眠っていた。寝室のエアコンは動いておらず、この暑い中でよく眠れるものだと感心する。巻島はベッドサイドのテーブルに置いたリモコンを取り上げ、スイッチを押した。ふおん、と送風口が動いて、涼しい風が吹き出してくる。
まずは昼飯をどうするかだ。とにかく起こさなくてはとベッドに近づく。
東堂は体を横向きに、顔だけをうつぶせた格好で眠っている。上になった肩を背中側に向かって軽く押してみると、あっけないほど簡単に転がり、コロンと仰向けになった。
カチューシャは外していて、長めの前髪が額から頬にかけて無造作に散っていた。普段は挑むようにまっすぐ強く巻島を見つめる目は閉じられ、くっきりとした眉も幾分和らいで、唇がかすかに開いたその寝顔はどことなくあどけない。
(……いやいやいや、アホ面っショ)
「おきろ」
不機嫌に言ったその声に、積極的に起こそうという強さはあまりない。巻島は肺の辺りに不自然な痛みを感じて大きく息を吐き出し、一瞬の逡巡のあと、そっとベッドに腰を下ろした。
「気持ちよさそーに寝てんじゃねえヨ、あほ」
ぱしんと額の横を軽くたたいてやると、東堂は「んー」と呻いて、顔を顰めた。が、起きない。
「ほんとに起きてねえのか?起きてるショ」
何度か繰り返すと、ウウ、と唸り、反対側に寝返りをうって顔を隠した。
「起きろっショ東堂!」
ぱしん、と今度は躊躇いなく叩いた。しかし東堂はやはり顔を一瞬顰めただけで、健やかな寝息を立て続けている。まったく意識がないとは思えず、だが起きる様子もなさそうだ。なんだか急に面倒になってきて、巻島は引っ張られるようにポスンと頭を落とし、そこに転がった。少し疲れていたし、うっすらと眠気もあった。頭のてっぺんが、東堂の太腿にかすかに触れている。
ふっと意識が遠のくような感じがし、このままではまずいと思ったが、額が押されるように重く痺れて目が開けられない。
(そういや今朝、五時起きだった、ショ……)
きゅう、と腹の虫が鳴ったけれど、一度横になってしまうと再び体を起こすのは億劫だった。巻島は鼻から深く息を吸うと、ゆっくりと吐き出した。
瞼の裏の明るみにひらりと影が差したような気がしたが、次の瞬間にはもう、巻島の意識は深いところまで沈んでいた。