夏が終わる前にぼくらにできるいくつかのこと 6

 隣室と同じ大きさの部屋に広いベッドがひとつ。右手には窓があり、左手の壁は一面がクローゼットになっている。ベッドの脇にはシンプルなスタンドライトがあり、窓際には葉が大きめでどことなくトロピカルな観葉植物の鉢が置かれている。巻島の趣味でなければ母親のセンスだろう。室内はしんとして、絵のように静まり返っていた。
 大人びた雰囲気の部屋に一瞬たじろいだ東堂だったが、ドアの位置から見ていると、その静かで深い様子がまさに巻島らしく思えてきた。
 東堂はそろそろと足を踏み入れた。ぎし、と床が鳴った。か細い軋みをたてて閉じていくドアとのハーモニーがやんわりとした後ろめたさをかきたてたが、東堂はいっそ潔くと思い切りぎしぎしと床を鳴らして進み、ベッドの脇に立った。
 白いシーツの上に薄青色のタオルケットがきれいに整えられている。ふわふわした枕の真ん中にわずかに皺が寄っていて、巻島がそこに毎晩眠っているのだということがリアルに胸にせまった。
 東堂は一度壁や窓をぐるりと見回してから、ベッドにそっと腰を下ろした。
 ふう、と溜め息をつく。やはり緊張している。朝からずっと緊張しているので、何やらすでに疲れている。
 思い切って背中からベッドに倒れこむ。上質のマットが体をふわりと包むように沈み、そのふわふわに身を委ねていると、頭の奥がだんだん重く中心にむかって飲み込まれていくような感じがする。
(そういえば夕べはほとんど寝られなかったんだっけ……おまけに早起きで)
 このままでは眠ってしまう。ころんと寝返りを打つと、ちょうど枕の下に顔を伏せる格好になった。
(巻ちゃんの匂いだ)
 肺いっぱいに大きく息を吸い込むと、体の外も中も、巻島でいっぱいになった。はあっと勢いよく吐き出し、すう、と吸い込むのを何度も繰り返す。ここしばらく不足しがちだった巻島成分のもっとも濃い部分だ。これは堪能しきらねばならんと、東堂はそう思っていたのだが、それがおかしなこととは少しも思っていなかった。その瞬間までは。
(あ、)
 どっどっどっ、と心臓が早鐘を打ち始め、下腹の辺りがぎゅうっと重くなる。耳のそばの髪が逆立つような感じがして、鳥肌が立った。
(嘘、だろ)
 熱の波がさあっと肌を撫で上げる。自らの下半身に起きはじめている変化に抗うように、東堂は奥歯に力を込めた。
(や、べえ…)
 東堂はうつぶせの姿勢のままでしばらくじっと耐えた。
(深呼吸だ東堂尽八!それから、なんかくだらねえこと……いっ、泉田の筋肉……、じゃない…えーとえーと、なんだ……もうわけがわからん!)
 だがおさまる気配のないその熱を持った部分がどうにもつらい。
(巻ちゃん……巻ちゃんどうしよう、オレ……)
 ベッドから離れればいいのはわかっていた。でも嫌だった。嫌々をするようにマットに顔を擦りつけているその仕草が、まるで巻島に抱きついて駄々をこねているような感覚とダブり、つまりこれはそういうことなんだろうかと、さすがの東堂もここへ来て、そこへ思い至らざるを得なかった。
(オレは、巻ちゃんが好きなのか)
 新開の言葉がふいに脳裏によみがえる。
(だから、巻ちゃんの気持ちを知るのが怖いような気がしたというわけか?)

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