夏が終わる前にぼくらにできるいくつかのこと……epilogue

 しまった、と思ったときには遅かった。
「東堂さん、結局泊まって行ったんですか?」
 耳ざといのか、小野田はその部分だけをきっちり切り取って、聞き返してきた。巻島は自らの不明を呪いつつ、おう、とぶっきらぼうに返す。
 夏休みのうちにもう一度くらいは、と約束していた峰ヶ山での練習に、二人で来ていた。
「なんかもう、クタクタだったショ、あの日は」
「あはは、さすがですね!あの日はボクも早朝から付き合ってもらってたし、巻島さんは大変だったですよね。今日もホントに、有難うございます」
 ボトルをくわえて水分を補給しながらニコニコと笑う小野田を見て、巻島は目を和らげる。小野田と過ごすのは本当に気楽でいい。後輩だからなのか小野田だからなのかは、相変わらずわからない。
「そういえば」
「ん?」
「真波くんから連絡があって、ボク達も今度、一緒に練習することにしたんです」
 まあそう頻繁には無理ですけどね、と付け加えた小野田に、巻島は「いや」と続けた。
「たまあァにくらいがちょうどいいっショ。あいつもなかなか、厄介そうな顔つきしてたしなァ」
「厄介、ですか?」
 ぱちぱちと瞬く小野田に、巻島はニヤー、と笑った。
「気をつけろヨ」
「気をつける……ですか」
「危ないと思ったら逃げろショ」
「逃げる?!」
 わけがわからないといった様子の小野田を横目に見て、巻島はクハハハ、と声をあげて笑った。
「東堂が、おまえと一回登ってみたいって言ってたショ」
「ほんとですか!」
 嬉しげに笑う小野田に、巻島はやれやれと肩をすくめた。
 空を見上げると、夏の日差しが目を焼いた。色はあの日と同じ青のようで、ほんのわずかに薄まっている気がした。
 季節が変わるのだと思った。夏が、終わろうとしている。
「あと、巻島さんにすすめられたレース、いくつかエントリーしました」
 巻島にとっては過ぎ去るばかりの、だが小野田にとってはこれから始まる、長い長い季節。
 高校三年の夏が本当に終わるのだと、このとき巻島は、初めて実感した。一抹の寂しさと大きな充実がいちどきに胸にせり上がり、頑張ります、と笑う小野田に笑い返しながら、巻島ははじめて少しだけ泣きたいような気持ちになっていた。
 いい夏だった、と思った。
(2010.10.10発行/2013.3.17文庫再録)
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