夕立つ八月 9
「このまま終わりにするつもりじゃないでしょう?」
ナミの視線は問い詰めるわけではなく、けれど胸に迫った。それは、ゾロの気持ちの方が問われていると感じるからで、ナミは別にゾロが話したくなければそれでいいと思っているのだ。それくらいはゾロにもわかっている。
「それは…、わからねえ、あいつがどうするか。俺は…」
ゾロはそう言って口を閉ざした。心はどっちつかずなまま、ただ、離れていかない。
ナミはあえて指摘はせずに、黙った。
(あんたはどうしたいの?)
それをここで言ったところで、ゾロが自分の気持ちに素直に動くとも思えない。ただの喧嘩と言い切れないたちの悪い状況で、自分の事だけを考えて結論など出せようはずも無い。
頭の中では、こんな事を考え込む事自体肌に合わないと、ゾロは嫌で仕方がないのだ。けれど、この事態は、半分は自分がまいた種だという自覚があった。肝心なところをいつもサンジに預けて、逃げていた。サンジのせいにすることでバランスを保ってきた。そのツケだ。
「まあ、なんとかするよ…」
失うのが嫌なら、闘わなければ。闘えないなら想いは消えていくだけだ。それだけはわかっていた。問題は方法だ。
暗闇に目を凝らしてみても、光の気配すら感じられない。溜息が出た。
外に出ると、晴れ上がった空は西に夕焼の赤を僅かに残し、天頂は薄藍に染まり始めている。
「夕立のあとの空って、きれいよねー」
ナミが見上げてぽつりと言う。綺麗だな、と、ゾロも思う。
空を見上げていてふいに、数ヶ月前の、サンジの誕生日の事を思い出した。二人で過ごして、夕暮れの空を見上げながら、こんな風に並んで歩いた。
あの時も、そういえば似たようなことでぎくしゃくしていた。サンジがなにか考え込んで、ゾロはゾロでそれに気付かずすれ違って、見当違いのことで意地を張り合って。
舌打ちしたい気分だ。まったく進歩がない。ゾロはだらりと頭を前に垂れる。
ゾロにとって前提であることが、サンジには通じていないことが多い。言葉が足りないとは思う。それを、わかってくれても良さそうなものだと思うのが、ナミのいう「甘え」にあたるのだろう。それでもそれを求めてしまうのは、逆に男同士だからだ。
そして、サンジがそれを是とできないのだとしたら、それも男同士だからなのだ。さらに、それをサンジにさせていないのは自分なのだということを、薄らとゾロ自身わかってはいる。
どうしたって、男女のそれとは違う、気遣って埋め合わなければならない部分があって、そして。
そして、俺達はあまりに未熟だ。
ゾロは急激に理解した。同時に、じわじわと熱が胸から首筋にこみ上げてくる。胸の中では昂ぶった感情が膨れて揺れて、溢れそうだ。
地面を見つめて歩きながらゾロが突然黙ったので、ナミは訝って立ち止まる。ゾロは気付かず、歩を進めていた。
「ゾロ?」
ナミの声に我にかえり、ふりむく。ナミはゾロの顔を強い目で見返していた。いつだって、ゾロの戸惑いも何もかも、この眼はすべて見ていて、わかったような口をききながらいたわりを気付かれまいと、強く一点を見つめる。力が抜けた。
この感情はどこから生まれるものなのだろう。ゾロは痛む胸をきゅっと抑え込む。ずっと眼をそらして気付かぬ振りをしていた、柔らかい気持ちだ。苦しくて立っていられず、ゾロは思わずその場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、ちょっと参った。すげえ、ダメージでけえ…」
「なによ、なに?ヘンなもの食べたっけ?」
ゾロはしゃがんだまま目だけを上げて、ナミを見た。心配そうに覗き込むその顔に向かって、最上級の笑顔で笑って見せた。ナミは当然驚いて目を見開く。
「……なに?」
答えず、ついと手を伸ばし、ナミの頭をふわりと撫ぜた。オレンジの明るい髪は、夕暮れの青を溶かして、不思議な色合いを見せている。涙が出そうだ。
ナミは唐突なゾロの行動の発端を読み取ろうとしてか、不思議なものを見るような目をして、ゾロの顔をじっと見つめている。ゾロが俯いて呟いた。
「戻るわ」
「え?」
「言わなきゃならねえことがあるから」
そういって顔をあげ、すっと立ちあがった。ナミもそれにつられて立つ。何を言うべきなのか、言葉が見つからない。
「サンジくんのとこに行くのね?」
「ああ、ま、わかんねえけど」
それを聞いてたナミは腕を組んで笑顔を作る。その仕草がゾロに与えるものをおそらくわかっていて、そうするのだ。
「気をつけて」
何か気のきいた言葉を送ろうと思ったのに、口をついて出たのはそんな一言で、ナミは心中で舌打ちした。けれどただ、なんとかゾロの気持ちの後押しが出来たらいいと思い、そのために笑えた事に、ほっとする。
「服、あとで取りにくる。すまねえ」
ゾロは笑ってそう言って、体を斜めに逸らした。
「じゃあな」
と、ひとこと残すと、背中を向けて、もうナミのことは振り返らなかった。それを寂しく思う気持ちはあるけれど、小さくなっていく後姿を目で追いつづけていると、その寂しさはひょっとして、あの二人を羨ましく思う気持ちなのかしら?などとナミには思えてくるのだ。
アスファルトを舐めて吹き渡る熱い風が足元にからんでスカートの裾を翻し、通りすぎていった。見えない砂埃がわずかに肌を横切った。
夏の夜は長くて熱い。ナミは、もう一度冷たい飲み物でも飲んでから戻ろうと、家とは逆の方向に向かって歩き出した。
ナミの視線は問い詰めるわけではなく、けれど胸に迫った。それは、ゾロの気持ちの方が問われていると感じるからで、ナミは別にゾロが話したくなければそれでいいと思っているのだ。それくらいはゾロにもわかっている。
「それは…、わからねえ、あいつがどうするか。俺は…」
ゾロはそう言って口を閉ざした。心はどっちつかずなまま、ただ、離れていかない。
ナミはあえて指摘はせずに、黙った。
(あんたはどうしたいの?)
それをここで言ったところで、ゾロが自分の気持ちに素直に動くとも思えない。ただの喧嘩と言い切れないたちの悪い状況で、自分の事だけを考えて結論など出せようはずも無い。
頭の中では、こんな事を考え込む事自体肌に合わないと、ゾロは嫌で仕方がないのだ。けれど、この事態は、半分は自分がまいた種だという自覚があった。肝心なところをいつもサンジに預けて、逃げていた。サンジのせいにすることでバランスを保ってきた。そのツケだ。
「まあ、なんとかするよ…」
失うのが嫌なら、闘わなければ。闘えないなら想いは消えていくだけだ。それだけはわかっていた。問題は方法だ。
暗闇に目を凝らしてみても、光の気配すら感じられない。溜息が出た。
外に出ると、晴れ上がった空は西に夕焼の赤を僅かに残し、天頂は薄藍に染まり始めている。
「夕立のあとの空って、きれいよねー」
ナミが見上げてぽつりと言う。綺麗だな、と、ゾロも思う。
空を見上げていてふいに、数ヶ月前の、サンジの誕生日の事を思い出した。二人で過ごして、夕暮れの空を見上げながら、こんな風に並んで歩いた。
あの時も、そういえば似たようなことでぎくしゃくしていた。サンジがなにか考え込んで、ゾロはゾロでそれに気付かずすれ違って、見当違いのことで意地を張り合って。
舌打ちしたい気分だ。まったく進歩がない。ゾロはだらりと頭を前に垂れる。
ゾロにとって前提であることが、サンジには通じていないことが多い。言葉が足りないとは思う。それを、わかってくれても良さそうなものだと思うのが、ナミのいう「甘え」にあたるのだろう。それでもそれを求めてしまうのは、逆に男同士だからだ。
そして、サンジがそれを是とできないのだとしたら、それも男同士だからなのだ。さらに、それをサンジにさせていないのは自分なのだということを、薄らとゾロ自身わかってはいる。
どうしたって、男女のそれとは違う、気遣って埋め合わなければならない部分があって、そして。
そして、俺達はあまりに未熟だ。
ゾロは急激に理解した。同時に、じわじわと熱が胸から首筋にこみ上げてくる。胸の中では昂ぶった感情が膨れて揺れて、溢れそうだ。
地面を見つめて歩きながらゾロが突然黙ったので、ナミは訝って立ち止まる。ゾロは気付かず、歩を進めていた。
「ゾロ?」
ナミの声に我にかえり、ふりむく。ナミはゾロの顔を強い目で見返していた。いつだって、ゾロの戸惑いも何もかも、この眼はすべて見ていて、わかったような口をききながらいたわりを気付かれまいと、強く一点を見つめる。力が抜けた。
この感情はどこから生まれるものなのだろう。ゾロは痛む胸をきゅっと抑え込む。ずっと眼をそらして気付かぬ振りをしていた、柔らかい気持ちだ。苦しくて立っていられず、ゾロは思わずその場にしゃがみ込んだ。
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、ちょっと参った。すげえ、ダメージでけえ…」
「なによ、なに?ヘンなもの食べたっけ?」
ゾロはしゃがんだまま目だけを上げて、ナミを見た。心配そうに覗き込むその顔に向かって、最上級の笑顔で笑って見せた。ナミは当然驚いて目を見開く。
「……なに?」
答えず、ついと手を伸ばし、ナミの頭をふわりと撫ぜた。オレンジの明るい髪は、夕暮れの青を溶かして、不思議な色合いを見せている。涙が出そうだ。
ナミは唐突なゾロの行動の発端を読み取ろうとしてか、不思議なものを見るような目をして、ゾロの顔をじっと見つめている。ゾロが俯いて呟いた。
「戻るわ」
「え?」
「言わなきゃならねえことがあるから」
そういって顔をあげ、すっと立ちあがった。ナミもそれにつられて立つ。何を言うべきなのか、言葉が見つからない。
「サンジくんのとこに行くのね?」
「ああ、ま、わかんねえけど」
それを聞いてたナミは腕を組んで笑顔を作る。その仕草がゾロに与えるものをおそらくわかっていて、そうするのだ。
「気をつけて」
何か気のきいた言葉を送ろうと思ったのに、口をついて出たのはそんな一言で、ナミは心中で舌打ちした。けれどただ、なんとかゾロの気持ちの後押しが出来たらいいと思い、そのために笑えた事に、ほっとする。
「服、あとで取りにくる。すまねえ」
ゾロは笑ってそう言って、体を斜めに逸らした。
「じゃあな」
と、ひとこと残すと、背中を向けて、もうナミのことは振り返らなかった。それを寂しく思う気持ちはあるけれど、小さくなっていく後姿を目で追いつづけていると、その寂しさはひょっとして、あの二人を羨ましく思う気持ちなのかしら?などとナミには思えてくるのだ。
アスファルトを舐めて吹き渡る熱い風が足元にからんでスカートの裾を翻し、通りすぎていった。見えない砂埃がわずかに肌を横切った。
夏の夜は長くて熱い。ナミは、もう一度冷たい飲み物でも飲んでから戻ろうと、家とは逆の方向に向かって歩き出した。