夕立つ八月 2
夏休みを前に、サンジとゾロのバイト先であるディスカウントショップの人員の顔ぶれは少々変わった。
サンジが配置されている第三カウンターにも新しいバイトの男がひとり入ってきたのだが、これが少しぼうっとした背丈の高い、いわゆる独活の大木を絵に書いたような男で、サンジはこの世には神も仏もいねえなどとぼやいて、ナミに大袈裟ね、と冷たくあしらわれていた。それでもぼやかずにいられなかった。なにしろゾロのいる第二カウンターには、女の子が二人も入ったのだ。嘆きたくもなる、むこうは大型家電売り場だというのに!何かの間違いに違いなかった。どう考えてもカメラ売り場の方がまだ、女の子にはふさわしいと思うのだが。
「ずりィ、お前んとこばっか」
サンジは四階にある倉庫で偶然一緒になったゾロに、むくれながらそう言った。
「だったらそっちと替えてほしいぜ。困ってんのはこっちだ。おかげで力仕事が全部こっちに回ってきやがる」
「それは当たり前だろう!?お前、女の子にこんな重てえモン持たせるつもりか?」
サンジは言いながら、すぐそばに積み上げられた32インチワイドテレビの箱を指さす。
「つもりがねえからやってるんだろ。あいつらに持たせて落としでもしたら厄介だ」
ゾロが目を伏せながら不機嫌そうに呟くのを見て、サンジは大きな声で言う。
「おいおいそうじゃねえよ、女の子がこんなくそ重いダンボール箱を素手で持って、手が荒れたり万が一怪我なんかしたら大変だから、お前がやるんだよ」
ゾロはじっと目を細めて、無言でサンジを見つめた。「なんだよ」と、サンジも唇を突き出す。
「べつに。それよか、新人バイトの歓迎会の話、ウソップがまたなんかやるって言ってたけど聞いたか?」
「あ、聞いた。今度の日曜だろ?明後日か」
「二階の貴金属売り場にも入ったじゃねえか、お前が喜びそうなのが」
「そうそう、あー、さすがにお前にもわかるかよ。綺麗な子だよなー。ナミさんと並んでカウンターにいるのなんか見てるともう、それだけで俺は幸せだ」
「はいはい」
サンジがうっとりと語っている間に、ゾロはエレベーター前に商品を持って移動していた。
真っ直ぐに立つ横顔に、サンジは見惚れる。女の子は大好きだが、ゾロという唯一無二の存在とは比べようがない。
黙って立っている姿は本当に絵になる男だ。横顔なんか、眺めていると蕩けそうになるほど良い。絶品だ。そんなゾロの、普段は誰にも見せない表情を知っているということが、サンジは時々ひどく誇らしい。
「でもやっぱ、アンタが一番」
そう言ってゾロの肩に背後から額を押し当てると、ゾロは「バーカ」とぽつりと言った。
「妬いたんじゃないの」
「誰が妬くんだ誰が。お前のそれは病気だ」
「……」
これを本心だと思うと悲しくなるので常に曲解する様に心がけてはいるものの、こういつもではさすがに寂しさを感じる。だから、鬱陶しいと思われるのを承知で、サンジは口を開かざるを得ないのだ。
「ゾロさあ〜、たまには言ってよ。半分くらいホントに思っててくれればいいからさあ」
エレベーターの扉が開く。ゾロは無言で乗り込んだ。サンジも後に続く。
「何を言えって…」
「好きだよ、とか、サンジカッコイイ、とか」
「サンジカッコイイ」
「心がこもってない」
「半分も思ってないからな。言ってほしいなら他をあたれよ」
「お前ね…」
下りエレベーターは現在三階から二階に至るところだ。サンジは確認して体を捻ると、ゾロの頬から唇のあたりに口づけた。両手のふさがっているゾロは首を捩って逃れようとしたが、サンジはさらに追う。
「てめ…っ」
「好きでもない男にこんなことさせんの」
「……くそ」
サンジの唇がゾロを捕まえて、つるりとやわらかく舌を滑らせながら、ゆっくりと離れた。
ゾロは顔を少し赤らめ、息を乱している。そんな姿がますます煽るのだということに未だに気付かずにいるのだ、このかわいい男は。
エレベーターが一階に到着し、ゾロは扉の開くのを待ちかねた様に飛び出した。顔を真っ赤にしたままだ。誰かに指摘されたらなんと言い訳するのだろう。
二人がいわゆる恋人関係になって、もう五ヶ月が過ぎたが、ゾロは相変わらず艶めいたことに関する反応が初心だ。とくに不意打ちに弱い。サンジはそんなところも可愛くてたまらないのだが、「かわいい」などと下手に言うとそのあとが怖いのだ。それはすでに幾度も経験して知っていることだった。
例えばナミが「かわいいわね」などと言っても、せいぜい顔を顰めるか、「男がかわいいなんて言われて喜ぶかよ」と言い返すくらいなのだが、素の時などにサンジが言えば、言葉より先に手足が飛んでくる。
「なーんでこんなことになっちまったんだか…」
かわいい女の子は相変わらず大好きだ。なのに、欲しくてたまらないと思うのはゾロだけだ。どれだけ想っても足りない。
けれど、時々想像する。
もしも、自分達の目の前に、お互いと同じくらい好きになれそうな異性が現れたとしたら?ゾロはそんなことを思ったりはしないのだろうか。
こんな事を考えるのは、例の第二カウンターの新人のどちらかが、ゾロ狙いだとかいう話を耳にしたからだ。笑って話しているところなど見てしまうと、視界からそれを追い出して溜息をつくほかない。気になって仕方がないとしてもだ。店の中では、お互いにあくまでもバイト仲間としてのスタンスを崩すわけにはいかない。
サンジは、上に行ったついでに煙草を吸ってくるんだった、と思いながら、ゾロの去った方向とは反対側の、自分の戻るカウンターへと向かった。
サンジが配置されている第三カウンターにも新しいバイトの男がひとり入ってきたのだが、これが少しぼうっとした背丈の高い、いわゆる独活の大木を絵に書いたような男で、サンジはこの世には神も仏もいねえなどとぼやいて、ナミに大袈裟ね、と冷たくあしらわれていた。それでもぼやかずにいられなかった。なにしろゾロのいる第二カウンターには、女の子が二人も入ったのだ。嘆きたくもなる、むこうは大型家電売り場だというのに!何かの間違いに違いなかった。どう考えてもカメラ売り場の方がまだ、女の子にはふさわしいと思うのだが。
「ずりィ、お前んとこばっか」
サンジは四階にある倉庫で偶然一緒になったゾロに、むくれながらそう言った。
「だったらそっちと替えてほしいぜ。困ってんのはこっちだ。おかげで力仕事が全部こっちに回ってきやがる」
「それは当たり前だろう!?お前、女の子にこんな重てえモン持たせるつもりか?」
サンジは言いながら、すぐそばに積み上げられた32インチワイドテレビの箱を指さす。
「つもりがねえからやってるんだろ。あいつらに持たせて落としでもしたら厄介だ」
ゾロが目を伏せながら不機嫌そうに呟くのを見て、サンジは大きな声で言う。
「おいおいそうじゃねえよ、女の子がこんなくそ重いダンボール箱を素手で持って、手が荒れたり万が一怪我なんかしたら大変だから、お前がやるんだよ」
ゾロはじっと目を細めて、無言でサンジを見つめた。「なんだよ」と、サンジも唇を突き出す。
「べつに。それよか、新人バイトの歓迎会の話、ウソップがまたなんかやるって言ってたけど聞いたか?」
「あ、聞いた。今度の日曜だろ?明後日か」
「二階の貴金属売り場にも入ったじゃねえか、お前が喜びそうなのが」
「そうそう、あー、さすがにお前にもわかるかよ。綺麗な子だよなー。ナミさんと並んでカウンターにいるのなんか見てるともう、それだけで俺は幸せだ」
「はいはい」
サンジがうっとりと語っている間に、ゾロはエレベーター前に商品を持って移動していた。
真っ直ぐに立つ横顔に、サンジは見惚れる。女の子は大好きだが、ゾロという唯一無二の存在とは比べようがない。
黙って立っている姿は本当に絵になる男だ。横顔なんか、眺めていると蕩けそうになるほど良い。絶品だ。そんなゾロの、普段は誰にも見せない表情を知っているということが、サンジは時々ひどく誇らしい。
「でもやっぱ、アンタが一番」
そう言ってゾロの肩に背後から額を押し当てると、ゾロは「バーカ」とぽつりと言った。
「妬いたんじゃないの」
「誰が妬くんだ誰が。お前のそれは病気だ」
「……」
これを本心だと思うと悲しくなるので常に曲解する様に心がけてはいるものの、こういつもではさすがに寂しさを感じる。だから、鬱陶しいと思われるのを承知で、サンジは口を開かざるを得ないのだ。
「ゾロさあ〜、たまには言ってよ。半分くらいホントに思っててくれればいいからさあ」
エレベーターの扉が開く。ゾロは無言で乗り込んだ。サンジも後に続く。
「何を言えって…」
「好きだよ、とか、サンジカッコイイ、とか」
「サンジカッコイイ」
「心がこもってない」
「半分も思ってないからな。言ってほしいなら他をあたれよ」
「お前ね…」
下りエレベーターは現在三階から二階に至るところだ。サンジは確認して体を捻ると、ゾロの頬から唇のあたりに口づけた。両手のふさがっているゾロは首を捩って逃れようとしたが、サンジはさらに追う。
「てめ…っ」
「好きでもない男にこんなことさせんの」
「……くそ」
サンジの唇がゾロを捕まえて、つるりとやわらかく舌を滑らせながら、ゆっくりと離れた。
ゾロは顔を少し赤らめ、息を乱している。そんな姿がますます煽るのだということに未だに気付かずにいるのだ、このかわいい男は。
エレベーターが一階に到着し、ゾロは扉の開くのを待ちかねた様に飛び出した。顔を真っ赤にしたままだ。誰かに指摘されたらなんと言い訳するのだろう。
二人がいわゆる恋人関係になって、もう五ヶ月が過ぎたが、ゾロは相変わらず艶めいたことに関する反応が初心だ。とくに不意打ちに弱い。サンジはそんなところも可愛くてたまらないのだが、「かわいい」などと下手に言うとそのあとが怖いのだ。それはすでに幾度も経験して知っていることだった。
例えばナミが「かわいいわね」などと言っても、せいぜい顔を顰めるか、「男がかわいいなんて言われて喜ぶかよ」と言い返すくらいなのだが、素の時などにサンジが言えば、言葉より先に手足が飛んでくる。
「なーんでこんなことになっちまったんだか…」
かわいい女の子は相変わらず大好きだ。なのに、欲しくてたまらないと思うのはゾロだけだ。どれだけ想っても足りない。
けれど、時々想像する。
もしも、自分達の目の前に、お互いと同じくらい好きになれそうな異性が現れたとしたら?ゾロはそんなことを思ったりはしないのだろうか。
こんな事を考えるのは、例の第二カウンターの新人のどちらかが、ゾロ狙いだとかいう話を耳にしたからだ。笑って話しているところなど見てしまうと、視界からそれを追い出して溜息をつくほかない。気になって仕方がないとしてもだ。店の中では、お互いにあくまでもバイト仲間としてのスタンスを崩すわけにはいかない。
サンジは、上に行ったついでに煙草を吸ってくるんだった、と思いながら、ゾロの去った方向とは反対側の、自分の戻るカウンターへと向かった。