夕立つ八月 6
サンジは結局、ナミの家には行かず、自分の家の近くまで戻ってきていた。
歓迎会のあった日曜日はほんの昨日の事だというのに、随分昔のことのような気がする。
最初の夜は、金曜日だった。喧嘩したわけではない。ただちょっと、胸にしこりが残るようないくつかのきっかけがあって。
(たった三日でこんなにも離れちまうもんなのかァ…)
その程度だったのかな、と諦める方向に気持ちを持って行ってみるが、絶対に嫌だと、どうにも動かし難いかたくなな部分があって、その気持ちだけはやはりどうあっても捨てられないと思った。
だったら、どんなにせつなくても惨めでも、同情をひくのでもなんでもいい、ゾロの前で這いつくばって許しを請いたい。
二人きりで話がしたかった。ゾロの家まで行って待っている方がいい。二人きりで顔を合わせて話せたなら、たとえその結果がどうであっても構わない。そう思って、サンジは道を急ぐ。アスファルトが熱で溶けてしまっているんじゃないかと思うほど足元はぐにゃぐにゃと頼りない。
(本当の本当は、どうなってもいいなんて嘘だけど)
とはいえ、自分に非があるのだから仕方がない。後悔なんか死ぬほどあった。あの時、どうしてすぐにゾロを追えなかったのだろうかと。
**
携帯を手に持って、しばらく眺めて、また尻ポケットに収めた。
「サンジさ〜ん、次行きましょうよ、次〜!」
「カラオケ行きたい!」
声のするほうを見ると、第二カウンターの新人二人、第一カウンターの新人ひとりと古株ふたり、地下の化粧品売り場のバイトふたり、さらに二階のアルバイトふたりが集まって、サンジを呼んでいた。これにナミとビビを入れて、それで店の女のバイト全員ということになる。さらに、社員も数名いた。
他に何人かが集まって次の店に行く相談をしている。ナミ達はまだ店の中だ。サンジはどうしようかと思案する。
どうしてか、あまり気が進まなかった。女の子がたくさんいて、自分を誘っているというのに。
かわいいと思うし、話したりするのだって好きだ。実際楽しい。けれど、ゾロがいない。ゾロがいないと思うと、彼女達にあまり興味が無い自分に気付き、その事実がサンジの気持ちを重くさせていた。
(あ〜、まいったな。すっかりホモだよ、俺)
なのにゾロは、女の子の中でダントツにかわいいビビを送って行ってしまった。知らないところでいつもうまくやっている、あの男は。
そんな風に思考を進めるとどうもやけっぱちな気持ちが胸の中ににせり出してくる。
「うん、行こっか」
短くなった煙草を一息に吸って足元に吸殻を落とし、踏みつけながらそう言った。まわりにいた何人かの男と、女達の輪に入って、そのまま馴染みのカラオケボックスに向かう。きっと、他の連中も後からやってくるだろう。
ナミは来なかった。ウソップが来て、なんだか怒っていたぜ、とサンジに言った。サンジは「ふうん」と気の無い素振りで答えて、その実、ナミの言っていた事はとても気になっていて、それが頭から離れない。
ビビをかわいがっているナミのことだから、きっと心配してゾロに電話を入れているはずだ。そのあと、どうなっただろう?不安な気持ちが胸の中で渦を巻く。それから。
それからどうして、俺は電話をかけることが出来ないんだろう。どうして。
そんなことはわかっている。あっちから、ゾロからかけてきて欲しいのだ。
『よっぱらったビビを送ってきたんだけど、ここ、どこだかわかんねえ。お前迎えに来てくんねえ?』
そう、ゾロの方から言ってくるのを、サンジはずっと待っている。
電話はまったく鳴る様子が無い。
心の中はずっとそんなふうだから、みんなと騒いで喋っていても気がどこかにいってしまっていて、カラカラと空っぽの音を立てて時計の針だけが回っていく。
それに流されるまま、電話のことにも諦めがついた頃、電車が無いので帰れない、と隣にいた女が言った。第二カウンターの新人の片割れだった。
見渡せば、他の連中も帰り支度をはじめている。時計を見れば午前二時、電車が無い、などとしゃあしゃあというような女は、はじめから帰る気など無いに等しい。
翌日は、バイトは休みだったが、家に帰って寝るつもりでいた。ゾロも休みだったはずだし、あとで連絡して、今日のことはさらっと謝って、それで一緒に過ごそうか、などと、ぼんやり考えていたのだ。
「友達は?タクシーでもそんなかかんないんじゃねえの?」
サンジが言うと、友人はこの近くにはおらず、バイトははじめたばかりだから金が無いと言う。
正直厄介だと思ったが、女はその時にはもう第二カウンターの片割れであるそのひとりしか残っていなかったし、(そのことにも気付いていなかったサンジは本当にぼんやりしていたのだ)他の連中の顔ぶれを見たら、「そっちに頼め」とは言いにくかった。ウソップはすっかり酔いつぶれていて、サンジの声が聞こえるかどうかも怪しい。
……しょうがねえか。
タクシー代を貸すという手もあったが、ゾロがビビを送って行ったということがどうしても頭の隅に引っかかっていた。どうということもないのだ、あの男にとってこんなことは。
「じゃあウチ、おいでよ。でも電車が動き出したら帰るんだよ」
「わー、いいんですか?」
ゾロとつきあうようになる前は、これくらいはそれほど珍しいことでも無かった。ゾロに限らず、特定の相手さえいなければ適当な女性と都合よく過ごすことも吝かでない。実際、彼女はその程度にはかわいい女だった。
(でも手ぇ出さなかったら逆になんか言われそうだよなァ)
結局、電話は最後まで鳴らなかった。
歓迎会のあった日曜日はほんの昨日の事だというのに、随分昔のことのような気がする。
最初の夜は、金曜日だった。喧嘩したわけではない。ただちょっと、胸にしこりが残るようないくつかのきっかけがあって。
(たった三日でこんなにも離れちまうもんなのかァ…)
その程度だったのかな、と諦める方向に気持ちを持って行ってみるが、絶対に嫌だと、どうにも動かし難いかたくなな部分があって、その気持ちだけはやはりどうあっても捨てられないと思った。
だったら、どんなにせつなくても惨めでも、同情をひくのでもなんでもいい、ゾロの前で這いつくばって許しを請いたい。
二人きりで話がしたかった。ゾロの家まで行って待っている方がいい。二人きりで顔を合わせて話せたなら、たとえその結果がどうであっても構わない。そう思って、サンジは道を急ぐ。アスファルトが熱で溶けてしまっているんじゃないかと思うほど足元はぐにゃぐにゃと頼りない。
(本当の本当は、どうなってもいいなんて嘘だけど)
とはいえ、自分に非があるのだから仕方がない。後悔なんか死ぬほどあった。あの時、どうしてすぐにゾロを追えなかったのだろうかと。
**
携帯を手に持って、しばらく眺めて、また尻ポケットに収めた。
「サンジさ〜ん、次行きましょうよ、次〜!」
「カラオケ行きたい!」
声のするほうを見ると、第二カウンターの新人二人、第一カウンターの新人ひとりと古株ふたり、地下の化粧品売り場のバイトふたり、さらに二階のアルバイトふたりが集まって、サンジを呼んでいた。これにナミとビビを入れて、それで店の女のバイト全員ということになる。さらに、社員も数名いた。
他に何人かが集まって次の店に行く相談をしている。ナミ達はまだ店の中だ。サンジはどうしようかと思案する。
どうしてか、あまり気が進まなかった。女の子がたくさんいて、自分を誘っているというのに。
かわいいと思うし、話したりするのだって好きだ。実際楽しい。けれど、ゾロがいない。ゾロがいないと思うと、彼女達にあまり興味が無い自分に気付き、その事実がサンジの気持ちを重くさせていた。
(あ〜、まいったな。すっかりホモだよ、俺)
なのにゾロは、女の子の中でダントツにかわいいビビを送って行ってしまった。知らないところでいつもうまくやっている、あの男は。
そんな風に思考を進めるとどうもやけっぱちな気持ちが胸の中ににせり出してくる。
「うん、行こっか」
短くなった煙草を一息に吸って足元に吸殻を落とし、踏みつけながらそう言った。まわりにいた何人かの男と、女達の輪に入って、そのまま馴染みのカラオケボックスに向かう。きっと、他の連中も後からやってくるだろう。
ナミは来なかった。ウソップが来て、なんだか怒っていたぜ、とサンジに言った。サンジは「ふうん」と気の無い素振りで答えて、その実、ナミの言っていた事はとても気になっていて、それが頭から離れない。
ビビをかわいがっているナミのことだから、きっと心配してゾロに電話を入れているはずだ。そのあと、どうなっただろう?不安な気持ちが胸の中で渦を巻く。それから。
それからどうして、俺は電話をかけることが出来ないんだろう。どうして。
そんなことはわかっている。あっちから、ゾロからかけてきて欲しいのだ。
『よっぱらったビビを送ってきたんだけど、ここ、どこだかわかんねえ。お前迎えに来てくんねえ?』
そう、ゾロの方から言ってくるのを、サンジはずっと待っている。
電話はまったく鳴る様子が無い。
心の中はずっとそんなふうだから、みんなと騒いで喋っていても気がどこかにいってしまっていて、カラカラと空っぽの音を立てて時計の針だけが回っていく。
それに流されるまま、電話のことにも諦めがついた頃、電車が無いので帰れない、と隣にいた女が言った。第二カウンターの新人の片割れだった。
見渡せば、他の連中も帰り支度をはじめている。時計を見れば午前二時、電車が無い、などとしゃあしゃあというような女は、はじめから帰る気など無いに等しい。
翌日は、バイトは休みだったが、家に帰って寝るつもりでいた。ゾロも休みだったはずだし、あとで連絡して、今日のことはさらっと謝って、それで一緒に過ごそうか、などと、ぼんやり考えていたのだ。
「友達は?タクシーでもそんなかかんないんじゃねえの?」
サンジが言うと、友人はこの近くにはおらず、バイトははじめたばかりだから金が無いと言う。
正直厄介だと思ったが、女はその時にはもう第二カウンターの片割れであるそのひとりしか残っていなかったし、(そのことにも気付いていなかったサンジは本当にぼんやりしていたのだ)他の連中の顔ぶれを見たら、「そっちに頼め」とは言いにくかった。ウソップはすっかり酔いつぶれていて、サンジの声が聞こえるかどうかも怪しい。
……しょうがねえか。
タクシー代を貸すという手もあったが、ゾロがビビを送って行ったということがどうしても頭の隅に引っかかっていた。どうということもないのだ、あの男にとってこんなことは。
「じゃあウチ、おいでよ。でも電車が動き出したら帰るんだよ」
「わー、いいんですか?」
ゾロとつきあうようになる前は、これくらいはそれほど珍しいことでも無かった。ゾロに限らず、特定の相手さえいなければ適当な女性と都合よく過ごすことも吝かでない。実際、彼女はその程度にはかわいい女だった。
(でも手ぇ出さなかったら逆になんか言われそうだよなァ)
結局、電話は最後まで鳴らなかった。