ノクターン 9
ジャガイモの皮をむきながら、一番古株だと言う家政婦がしみじみと呟いた。
「ゾロさんがお友達といるところを見るのは本当に久しぶりなんですよ」
ゾロの話ならなんだって聞きたいサンジは、その話に身を乗り出し、続きをせがんだ。
「なんで?友達こないですか?」
「ご両親がここに住まないようになって、最初のうちは寂しさからか、毎日のように連れていらっしゃいましたよ。小学校五年とか、六年生の頃ですかしらね」
「俺は友達ってわけじゃないです。ホームステイだし。二週間で帰らないといけない」
「それでも、このお家で、旦那様や奥様のお客様以外の方がお食事を召し上がるなんてせいぜいロビンさんくらいのもので、本当に滅多に無いことなんですもの。私達、すごく喜んでいるんですよ」
三人の家政婦達それぞれの総意なのだと、彼女はそう言った。
ゾロの両親は仕事でずっと海外にいると、ロビンからも聞いていた。十かそこらの子供を一人置いて行くなど普通なら考えられないとサンジは思ったが、所詮金持ちのする事は貧乏人にはわからないのかな、と、その程度に考えていた。
傍らで眠るゾロの顔は相変わらずあどけない。その顔を見ながら、サンジはロビンの言葉を思い出していた。
(……淋しいということを知らない、か)
もっと早く来るんだった。思っても仕方の無いことだけれど。
学校にいるとき、ゾロは多くの友達に囲まれている。そういふうに見える。みんなゾロを好きだし、ゾロは誰に対しても嫌な顔をしない。だからサンジはなるべくゾロの側を離れないようにしようと思った。心配だったからだ。ゾロに恋人がいない事を確認した後は、尚更離れがたかった。
少し離れるのでさえ耐えられないのに、あと一週間でここを去らなければいけない。だからずっと我慢するつもりだった。気持ちを自覚しても、じっと息を殺してやり過ごそうと決めていたのに。
ごそごそとうつ伏せに這い出し、ベッドサイドの煙草を手に取る。
サンジの部屋だ。ゾロが自分の部屋では嫌だと言ったので。そもそも、嫌だとかなんだとかの前に、もう少しためらったりとか、そういう事は無かったんだろうか。ゾロの考えていることがどうも掴めない。
サンジは混乱しそうになる頭をなだめるために、煙草に火をつける。
「ん…」
ゾロが小さく鼻を鳴らし、寝返りを打つ。サンジは片手を伸ばして、その形の良い頭を抱え込むように引き寄せ、天辺にくちづけを落とした。
ゆっくり眠って、夢も見ないほどに深く。胸の中があたたかなもので満たされているならば、どうか。
□
サンジの母は深夜遅くに戻り、昼まで眠っているので、サンジはひとりで朝ごはんを食べる。いつもどおり食事を終えると片づけをして、母親の寝顔をしばらく眺めてから、その日はそっと家を出た。本を読んでいなさいと言われたけれど、家にいたらゾロには会えないのだ。
外はいい天気だった。青い空には雲ひとつ浮いていない。今日は何をして遊ぼう。海に行ってまたトンネルを掘ろうか、それとも。考えるだけでわくわくする。
「ゾロ!」
ホテルのロビーで待っていると、子守の女の人とゾロがやってきた。ゾロは女の人の手を引っ張って、前のめりに転びそうになっている。
昨日は一緒に遊べなかった。ゾロは父親と母親と三人ででかけたからだ。行き先など、サンジは知らない。ゾロに会えなかったので、サンジは、午前中は眠る母親の側で絵本を読み、お昼からはひとりで浜辺にいた。
とてもつまらなかった。
「サンジー」
ゾロは真っ赤な顔をして笑いながら駆けてくる。その顔を見ていたら胸がきゅうんと苦しくなった。
ゾロのことが大好きだ。
おかあさんにゾロの話をしたら連れてらっしゃいと言ったから、今日はフラットにゾロを連れて行こう。海で少し遊んで、それから行くんだ。いつもはしないけど、ゾロとならお昼寝をしたっていい。
サンジは昼寝が嫌いだ。すると決まって夜中に目が覚める。夜中はいつも一人きりだ。知らない間に、暗いところに何かが隠れていやしないかと、目が覚めるといつもどきどきする。べつに本当は怖くないけど、イヤだ。
お腹がすいたので、ゾロを連れてフラットに戻って来た。だめだと言うのにゾロが言う事を聞かないので、子守の女が心配そうに途中までついてきて、場所を確認してホテルへ戻って行った。
小さなリゾートタウンの一番端の方にある、安いフラットの中のひとつだった。ゾロのホテルのある中心街とは違って、この辺りで見かける人達は身なりもあまり良くなく、表情はどこか疲れて見える。あの女の人はもしかしたらゾロのおかあさんに言うだろうか。サンジは少し不安になる。
時計を見ると、もうすぐお昼ごはんの時間だった。
「ゾロのおかあさんは?」
「おしごと」
「お休みじゃないの?」
「わかんねえー」
「ふうん…おかあさん、ただいま!ゾロつれてきたー」
サンジの母親は金色のさらさらな髪の毛を梳かしながら、振り向いてにっこり笑った。
「いらっしゃいゾロちゃん。うちの子と遊んでくれてありがとうね」
三人で食べたお昼ごはんはいつもと全然違うみたいに美味しかった。ゾロがスープをおかわりすると、サンジの母親はとても嬉しそうにしていた。
「私のスープはオーナー・ゼフの直伝だからね」
ゼフというのはクソジジイの名前だ。サンジがそう言うと、ゾロはにかっと笑って「クソジジイ!」と言った。
「サンジ、ゾロちゃんに変な言葉教えちゃだめよ」
二人はくすくすと笑いあう。薄いガラス窓から太陽がキラキラと差し込んで、狭いフラットはエアコンを目一杯利かせても暑いくらいだ。ゾロの額には薄く汗が浮いていた。
お昼ごはんを食べてしばらくすると、母親は仕事に出かけていった。いつもと同じく、「お昼寝をするのよ」と言い残して。
「ゾロさんがお友達といるところを見るのは本当に久しぶりなんですよ」
ゾロの話ならなんだって聞きたいサンジは、その話に身を乗り出し、続きをせがんだ。
「なんで?友達こないですか?」
「ご両親がここに住まないようになって、最初のうちは寂しさからか、毎日のように連れていらっしゃいましたよ。小学校五年とか、六年生の頃ですかしらね」
「俺は友達ってわけじゃないです。ホームステイだし。二週間で帰らないといけない」
「それでも、このお家で、旦那様や奥様のお客様以外の方がお食事を召し上がるなんてせいぜいロビンさんくらいのもので、本当に滅多に無いことなんですもの。私達、すごく喜んでいるんですよ」
三人の家政婦達それぞれの総意なのだと、彼女はそう言った。
ゾロの両親は仕事でずっと海外にいると、ロビンからも聞いていた。十かそこらの子供を一人置いて行くなど普通なら考えられないとサンジは思ったが、所詮金持ちのする事は貧乏人にはわからないのかな、と、その程度に考えていた。
傍らで眠るゾロの顔は相変わらずあどけない。その顔を見ながら、サンジはロビンの言葉を思い出していた。
(……淋しいということを知らない、か)
もっと早く来るんだった。思っても仕方の無いことだけれど。
学校にいるとき、ゾロは多くの友達に囲まれている。そういふうに見える。みんなゾロを好きだし、ゾロは誰に対しても嫌な顔をしない。だからサンジはなるべくゾロの側を離れないようにしようと思った。心配だったからだ。ゾロに恋人がいない事を確認した後は、尚更離れがたかった。
少し離れるのでさえ耐えられないのに、あと一週間でここを去らなければいけない。だからずっと我慢するつもりだった。気持ちを自覚しても、じっと息を殺してやり過ごそうと決めていたのに。
ごそごそとうつ伏せに這い出し、ベッドサイドの煙草を手に取る。
サンジの部屋だ。ゾロが自分の部屋では嫌だと言ったので。そもそも、嫌だとかなんだとかの前に、もう少しためらったりとか、そういう事は無かったんだろうか。ゾロの考えていることがどうも掴めない。
サンジは混乱しそうになる頭をなだめるために、煙草に火をつける。
「ん…」
ゾロが小さく鼻を鳴らし、寝返りを打つ。サンジは片手を伸ばして、その形の良い頭を抱え込むように引き寄せ、天辺にくちづけを落とした。
ゆっくり眠って、夢も見ないほどに深く。胸の中があたたかなもので満たされているならば、どうか。
□
サンジの母は深夜遅くに戻り、昼まで眠っているので、サンジはひとりで朝ごはんを食べる。いつもどおり食事を終えると片づけをして、母親の寝顔をしばらく眺めてから、その日はそっと家を出た。本を読んでいなさいと言われたけれど、家にいたらゾロには会えないのだ。
外はいい天気だった。青い空には雲ひとつ浮いていない。今日は何をして遊ぼう。海に行ってまたトンネルを掘ろうか、それとも。考えるだけでわくわくする。
「ゾロ!」
ホテルのロビーで待っていると、子守の女の人とゾロがやってきた。ゾロは女の人の手を引っ張って、前のめりに転びそうになっている。
昨日は一緒に遊べなかった。ゾロは父親と母親と三人ででかけたからだ。行き先など、サンジは知らない。ゾロに会えなかったので、サンジは、午前中は眠る母親の側で絵本を読み、お昼からはひとりで浜辺にいた。
とてもつまらなかった。
「サンジー」
ゾロは真っ赤な顔をして笑いながら駆けてくる。その顔を見ていたら胸がきゅうんと苦しくなった。
ゾロのことが大好きだ。
おかあさんにゾロの話をしたら連れてらっしゃいと言ったから、今日はフラットにゾロを連れて行こう。海で少し遊んで、それから行くんだ。いつもはしないけど、ゾロとならお昼寝をしたっていい。
サンジは昼寝が嫌いだ。すると決まって夜中に目が覚める。夜中はいつも一人きりだ。知らない間に、暗いところに何かが隠れていやしないかと、目が覚めるといつもどきどきする。べつに本当は怖くないけど、イヤだ。
お腹がすいたので、ゾロを連れてフラットに戻って来た。だめだと言うのにゾロが言う事を聞かないので、子守の女が心配そうに途中までついてきて、場所を確認してホテルへ戻って行った。
小さなリゾートタウンの一番端の方にある、安いフラットの中のひとつだった。ゾロのホテルのある中心街とは違って、この辺りで見かける人達は身なりもあまり良くなく、表情はどこか疲れて見える。あの女の人はもしかしたらゾロのおかあさんに言うだろうか。サンジは少し不安になる。
時計を見ると、もうすぐお昼ごはんの時間だった。
「ゾロのおかあさんは?」
「おしごと」
「お休みじゃないの?」
「わかんねえー」
「ふうん…おかあさん、ただいま!ゾロつれてきたー」
サンジの母親は金色のさらさらな髪の毛を梳かしながら、振り向いてにっこり笑った。
「いらっしゃいゾロちゃん。うちの子と遊んでくれてありがとうね」
三人で食べたお昼ごはんはいつもと全然違うみたいに美味しかった。ゾロがスープをおかわりすると、サンジの母親はとても嬉しそうにしていた。
「私のスープはオーナー・ゼフの直伝だからね」
ゼフというのはクソジジイの名前だ。サンジがそう言うと、ゾロはにかっと笑って「クソジジイ!」と言った。
「サンジ、ゾロちゃんに変な言葉教えちゃだめよ」
二人はくすくすと笑いあう。薄いガラス窓から太陽がキラキラと差し込んで、狭いフラットはエアコンを目一杯利かせても暑いくらいだ。ゾロの額には薄く汗が浮いていた。
お昼ごはんを食べてしばらくすると、母親は仕事に出かけていった。いつもと同じく、「お昼寝をするのよ」と言い残して。