眠れぬ夜にぼくらが選ぶいくつかのやり方 10
8.(週明け)
昼休みの学食で東堂の姿を見かけた瞬間、真波は珍しくその背中を追いかけていた。
東堂はクライマーとして尊敬すべき先輩であるし、三年の中では気安くて後輩からの人気も高い。だが真波にしてみれば、自転車以外に接点は無く、自転車以外の先輩の日常にはたいして興味も無いので、校内で見かけたところで挨拶以上の会話はほとんどしたことがない。
振り返った東堂は、目を丸くしていた。
「なんだ?」
「昨日泉田先輩に聞いたんです。東堂さん、土日千葉に行ってたって、ホントなんですか?」
「あー、ああ、行ってたぞ。なんだ、泉田も知っているのか」
「みんな知ってます。東堂さんがスパイしに行ったって」
「は?」
「坂道くんと登ってきたんでしょ?ずるいです。なんでオレも連れてってくれなかったんですか」
「い、いや、ずるいってな、お前」
学食を出てすぐのところにある中庭はカフェテリアになっていて、そこで昼休みを過ごす生徒も多いが、実は一年には少々敷居の高いエリアで、もっぱら三年生の社交場となっている。
一年生がそこにいて先輩に話しかけるのは当然目を引く行為であり、ましてや相手が東堂となれば、周囲の視線はすぐに集まった。
「オレはそもそも巻ちゃんと走りに行ったんだ。メガネくんはおまけだ」
「坂道くん元気でした?」
「ああ。お前だってレースで会ってるだろ?」
「まだインハイ終わってから一度も会ってないです」
東堂は目をぱちぱちさせる。
「メガネくんに会いたいのか?」
「えっと……いえ、会いたいっていうのとは違いますけど」
真波が答えると、東堂は片方の眉をぴくりと吊り上げて、ふうん、と含みのある眼差しを寄こした。
「オレも最初はそうだったんだがなァ……」
なんの話ですか、と問いかけた真波に背を向けて、東堂は歩き出した。後を追うと、中庭を抜けて、部室のある方向へ進んで行く。真波は流れのまま、なんとなく追いかけた。
東堂の背中が前を行くのについて歩きながら、そういえばこういうの二回目だ、と思った。一回目はインターハイの一日目、総北のテントを訪ねたときだ。
自転車に乗っていない東堂の背中は、どことなく知っているものよりも小さく見える気がする。けれどまっすぐぴんと伸びたその後姿は、いかにも東堂という感じだ。らしい、というのはこういうことなのかな、と思う。
正面から風を受けない髪は、肩のところで少しだけ揺れている。
枯れ草を踏んだ足元からカサリと乾いた音がした。
東堂はズボンのポケットに手をいれて、空を仰いでいる。空は高く、気持ちのよい天気だ。午後の授業など投げ出して自転車で走り出したいくらいの。
「東堂さん」
「ん」
「巻島さん、箱根には来ないんですか?」
「……巻ちゃんなら来るな、そのうち」
「その時は声かけてもらえるんですよね?」
「そうだな。一度くらいはな」
東堂が斜めに振り返って言った。にやりと笑ったその顔は、自転車に乗って振り返る時のそれと同じだった。その違いはなんなのかと考えかけたが、どっちでも構わないと思ってやめた。
「いいですね。楽しみにしてます」
「メガネくんとはこれからまだ、いくらでも一緒に乗れるだろうからな、お前は」
口許をきっと結んで笑う、いつもの自信にあふれた顔で、東堂が言った。だから、たぶんそれは本当なんだろうと、真波は素直に思った。それはそのまま、東堂が過ごしてきた時間をなぞることになるからだ。
この先きっと自分と小野田は、東堂と巻島のように、ことあるごとにレースで顔を合わせるようになるのだ。
「そっか。じゃあま、いっか」
東堂が先を歩いていく。どこへ向かっているのかと思ったが、それ以上後を追う気にはならなかった。
そういう先輩ではなかった。
少し離れたところで立ち止まり、携帯を耳にあてた背中をしばらく見送って、踵を返した。
学食まで戻ると、窓の向こうに委員長のふくれつらが見えた。
何があったのか聞くつもりはなかった。
聞かなくてもわかるような気がしたし、さらには、聞くことによって自分の内にどういった感情が芽生えるものか、予想がつかなかったからだ。
「じゃ、聞いてねえのか」
「そう言ったろ」
「ちょっと興味あったんだけどなァ」
「そんな簡単な話じゃないだろう」
東堂は月曜日、ふつうに学校へやってきた。
だけでなく、新学期になって初めて、朝練にまで顔を出したという。確認したのは泉田だ。聞いてません、と荒北に抗議してきたのだ。
「朝のコース勝手に山に変えられたって怒ってたぜ。夏休みサボってたからだ。あいつだけ新旧交代についていけてねえ」
目に浮かぶようだと思って新開がくすくす笑うと、荒北はフンと鼻を鳴らした。
「真波が喜んでついていったって、あの不思議チャン」
「ハハっ、さすがだな」
昼食をすませてミーティングルームにやってきた新開は、先客の存在に休み時間の昼寝をあきらめたのだったが、そうとも知らず、先客は「昼寝の邪魔すんじゃねえよ」などと刺のある声で言う。
「オレの台詞だよ靖友。昨日あんまり寝てないんだ」
あくびをしながら机に頭を乗せ、目を閉じる寸前、向かい側に尻を引っ掛けた荒北が、斜めに見下ろすのが見えた。
水を吸った土みたいな馴染みきった匂いが鼻腔をくすぐる。目を閉じて耳を澄ましていると、あたりに広がるすべてが夢のような、ひどく懐かしく遠いもののように思えてくる。
目の奥に揺らぐ睡魔に誘われて漂いだす意識の遠いところで、親しいチームメイトの声がしている。
「やっだねえ、まったくどいつもこいつも、インハイ終わった途端浮かれやがって」
「寿一は?」
「しらね、お?」
机の上に置いた携帯が耳の横でブルブルと鳴った。眠気に支配されつつあった新開は、面倒に思いながら片手で探ってぱかりとひらく。首だけ起こして液晶に浮かんだ文面を目で追った。
「尽八だ。ここに来る気みたいだぜ」
ミーティングルームに行く、と書いてある。
「ちぇ、まあた巻ちゃんかよ。会ったばっかだろうが」
「ははは、まあいいだろう。せっかくだ、聞き出してみるか?二人がかりなら少しは違うかもな」
「うっわ、ゴメンだぜ。うるせえし、行くわ」
すとんと机を下りてぱたぱたとほこりを払い、荒北はドアに手をかけた。
「靖友」
「んあ?」
新開がじっと見ると、荒北は下瞼を引き攣らせて細い目をいっそう細め、わあってるって、と低く言った。
閉まるドアの向こうに消える背中を横目に見ながら目を閉じた。
(インハイが終わった途端、か)
そう思って、違う逆だ、とまた思う。
インハイが終わったからこそ、変わらなければ立ちゆかないものがあるのだ、たぶん。東堂と巻島はそうだったのだろうし、福富や、自分も、荒北だっておそらくはその欠落を埋める何かを探して、向き合うべき現実との境目でうろうろしている。
たとえば昼休みのミーティングルームで顔を合わせるという事実ひとつをとっても。
東堂が来たら何から聞いてみようか。
直球で聞いたところでさして面白みもなさそうだが、巻島が絡めば何か違った部分も見られるかもしれない。かといってそれがとりわけ見たいというのでもなく、つまりは、話そうが話すまいが、東堂の勝手ということだ。
うとうとと微睡みつつ、どっちにしろどうも面倒だな、と感じる新開だった。
「もしもし巻ちゃん」
『あァ』
携帯から聞こえるのは、いつもと同じ、機嫌のわかりにく、テンションの低い声。
「今何してる?」
『別に。何もしてねえショ』
「そうか、オレはなぁ……オレは、今日はちょっと頑張らねばいかん」
中庭を抜けて、部室へとむかう小道を、東堂はひとり歩く。
歩く速度で感じる微風は、自転車に乗っているときとは違って、いつまでもまわりをふわふわと纏わりつくように漂っている。
教室で傷つけてしまった彼女の、その時の表情のように。
話をするつもりだった。勝手に余裕をなくして思いやれなかったことを。それから、誰ともつきあう気がないのじゃなく、思う相手がいるのだと。
そういうことを、この気持ちを、巻島にどう伝えればいいだろうかと、東堂は日曜に別れてからずっと今まで、考え続けていた。
『たまにはいいんじゃねえの』
「巻ちゃん巻ちゃん、それじゃまるでオレが普段は全然頑張ってないみたいじゃないか?」
『ほどほどにナ』
口調が変わったのに、黙って耳を澄ます。
『知らねえし聞く気もねえけど、オレになんか言ってほしいわけ?』
東堂は目を見張った。突き抜けるような水色の濃い空の下で、吹き渡る風の中で、巻島の声が血液に溶けて全身を駆け巡ったように体が熱を帯びる。
「……そうじゃないよ、巻ちゃん」
巻島は黙っている。その呼吸を聞きたくて東堂は目を閉じて耳を済ませた。
そこにいる。それだけでいい。
巻島にとっての自分もそうであったらいいと思う。手を伸ばしてすぐに届く距離じゃないけれど、誰よりも近くにいるのは自分なのだと。
「まるでなにかの修行のようだな」
『ハ?』
「次にあった時にはきっと話そう」
巻島が微かに喉を鳴らした。ぶっきらぼうな硬い声が東堂の耳を引っかいた。
『……それっていつだヨ』
そう遠くない少し先、なんて曖昧な言い方を許さないそんな巻島が、どうしようもなく好きだと思った。
答えない東堂を訝って、わけわかんねえ、と小さくぼやくその声さえ、眩暈がするほどに好きだと思った。
終
昼休みの学食で東堂の姿を見かけた瞬間、真波は珍しくその背中を追いかけていた。
東堂はクライマーとして尊敬すべき先輩であるし、三年の中では気安くて後輩からの人気も高い。だが真波にしてみれば、自転車以外に接点は無く、自転車以外の先輩の日常にはたいして興味も無いので、校内で見かけたところで挨拶以上の会話はほとんどしたことがない。
振り返った東堂は、目を丸くしていた。
「なんだ?」
「昨日泉田先輩に聞いたんです。東堂さん、土日千葉に行ってたって、ホントなんですか?」
「あー、ああ、行ってたぞ。なんだ、泉田も知っているのか」
「みんな知ってます。東堂さんがスパイしに行ったって」
「は?」
「坂道くんと登ってきたんでしょ?ずるいです。なんでオレも連れてってくれなかったんですか」
「い、いや、ずるいってな、お前」
学食を出てすぐのところにある中庭はカフェテリアになっていて、そこで昼休みを過ごす生徒も多いが、実は一年には少々敷居の高いエリアで、もっぱら三年生の社交場となっている。
一年生がそこにいて先輩に話しかけるのは当然目を引く行為であり、ましてや相手が東堂となれば、周囲の視線はすぐに集まった。
「オレはそもそも巻ちゃんと走りに行ったんだ。メガネくんはおまけだ」
「坂道くん元気でした?」
「ああ。お前だってレースで会ってるだろ?」
「まだインハイ終わってから一度も会ってないです」
東堂は目をぱちぱちさせる。
「メガネくんに会いたいのか?」
「えっと……いえ、会いたいっていうのとは違いますけど」
真波が答えると、東堂は片方の眉をぴくりと吊り上げて、ふうん、と含みのある眼差しを寄こした。
「オレも最初はそうだったんだがなァ……」
なんの話ですか、と問いかけた真波に背を向けて、東堂は歩き出した。後を追うと、中庭を抜けて、部室のある方向へ進んで行く。真波は流れのまま、なんとなく追いかけた。
東堂の背中が前を行くのについて歩きながら、そういえばこういうの二回目だ、と思った。一回目はインターハイの一日目、総北のテントを訪ねたときだ。
自転車に乗っていない東堂の背中は、どことなく知っているものよりも小さく見える気がする。けれどまっすぐぴんと伸びたその後姿は、いかにも東堂という感じだ。らしい、というのはこういうことなのかな、と思う。
正面から風を受けない髪は、肩のところで少しだけ揺れている。
枯れ草を踏んだ足元からカサリと乾いた音がした。
東堂はズボンのポケットに手をいれて、空を仰いでいる。空は高く、気持ちのよい天気だ。午後の授業など投げ出して自転車で走り出したいくらいの。
「東堂さん」
「ん」
「巻島さん、箱根には来ないんですか?」
「……巻ちゃんなら来るな、そのうち」
「その時は声かけてもらえるんですよね?」
「そうだな。一度くらいはな」
東堂が斜めに振り返って言った。にやりと笑ったその顔は、自転車に乗って振り返る時のそれと同じだった。その違いはなんなのかと考えかけたが、どっちでも構わないと思ってやめた。
「いいですね。楽しみにしてます」
「メガネくんとはこれからまだ、いくらでも一緒に乗れるだろうからな、お前は」
口許をきっと結んで笑う、いつもの自信にあふれた顔で、東堂が言った。だから、たぶんそれは本当なんだろうと、真波は素直に思った。それはそのまま、東堂が過ごしてきた時間をなぞることになるからだ。
この先きっと自分と小野田は、東堂と巻島のように、ことあるごとにレースで顔を合わせるようになるのだ。
「そっか。じゃあま、いっか」
東堂が先を歩いていく。どこへ向かっているのかと思ったが、それ以上後を追う気にはならなかった。
そういう先輩ではなかった。
少し離れたところで立ち止まり、携帯を耳にあてた背中をしばらく見送って、踵を返した。
学食まで戻ると、窓の向こうに委員長のふくれつらが見えた。
何があったのか聞くつもりはなかった。
聞かなくてもわかるような気がしたし、さらには、聞くことによって自分の内にどういった感情が芽生えるものか、予想がつかなかったからだ。
「じゃ、聞いてねえのか」
「そう言ったろ」
「ちょっと興味あったんだけどなァ」
「そんな簡単な話じゃないだろう」
東堂は月曜日、ふつうに学校へやってきた。
だけでなく、新学期になって初めて、朝練にまで顔を出したという。確認したのは泉田だ。聞いてません、と荒北に抗議してきたのだ。
「朝のコース勝手に山に変えられたって怒ってたぜ。夏休みサボってたからだ。あいつだけ新旧交代についていけてねえ」
目に浮かぶようだと思って新開がくすくす笑うと、荒北はフンと鼻を鳴らした。
「真波が喜んでついていったって、あの不思議チャン」
「ハハっ、さすがだな」
昼食をすませてミーティングルームにやってきた新開は、先客の存在に休み時間の昼寝をあきらめたのだったが、そうとも知らず、先客は「昼寝の邪魔すんじゃねえよ」などと刺のある声で言う。
「オレの台詞だよ靖友。昨日あんまり寝てないんだ」
あくびをしながら机に頭を乗せ、目を閉じる寸前、向かい側に尻を引っ掛けた荒北が、斜めに見下ろすのが見えた。
水を吸った土みたいな馴染みきった匂いが鼻腔をくすぐる。目を閉じて耳を澄ましていると、あたりに広がるすべてが夢のような、ひどく懐かしく遠いもののように思えてくる。
目の奥に揺らぐ睡魔に誘われて漂いだす意識の遠いところで、親しいチームメイトの声がしている。
「やっだねえ、まったくどいつもこいつも、インハイ終わった途端浮かれやがって」
「寿一は?」
「しらね、お?」
机の上に置いた携帯が耳の横でブルブルと鳴った。眠気に支配されつつあった新開は、面倒に思いながら片手で探ってぱかりとひらく。首だけ起こして液晶に浮かんだ文面を目で追った。
「尽八だ。ここに来る気みたいだぜ」
ミーティングルームに行く、と書いてある。
「ちぇ、まあた巻ちゃんかよ。会ったばっかだろうが」
「ははは、まあいいだろう。せっかくだ、聞き出してみるか?二人がかりなら少しは違うかもな」
「うっわ、ゴメンだぜ。うるせえし、行くわ」
すとんと机を下りてぱたぱたとほこりを払い、荒北はドアに手をかけた。
「靖友」
「んあ?」
新開がじっと見ると、荒北は下瞼を引き攣らせて細い目をいっそう細め、わあってるって、と低く言った。
閉まるドアの向こうに消える背中を横目に見ながら目を閉じた。
(インハイが終わった途端、か)
そう思って、違う逆だ、とまた思う。
インハイが終わったからこそ、変わらなければ立ちゆかないものがあるのだ、たぶん。東堂と巻島はそうだったのだろうし、福富や、自分も、荒北だっておそらくはその欠落を埋める何かを探して、向き合うべき現実との境目でうろうろしている。
たとえば昼休みのミーティングルームで顔を合わせるという事実ひとつをとっても。
東堂が来たら何から聞いてみようか。
直球で聞いたところでさして面白みもなさそうだが、巻島が絡めば何か違った部分も見られるかもしれない。かといってそれがとりわけ見たいというのでもなく、つまりは、話そうが話すまいが、東堂の勝手ということだ。
うとうとと微睡みつつ、どっちにしろどうも面倒だな、と感じる新開だった。
「もしもし巻ちゃん」
『あァ』
携帯から聞こえるのは、いつもと同じ、機嫌のわかりにく、テンションの低い声。
「今何してる?」
『別に。何もしてねえショ』
「そうか、オレはなぁ……オレは、今日はちょっと頑張らねばいかん」
中庭を抜けて、部室へとむかう小道を、東堂はひとり歩く。
歩く速度で感じる微風は、自転車に乗っているときとは違って、いつまでもまわりをふわふわと纏わりつくように漂っている。
教室で傷つけてしまった彼女の、その時の表情のように。
話をするつもりだった。勝手に余裕をなくして思いやれなかったことを。それから、誰ともつきあう気がないのじゃなく、思う相手がいるのだと。
そういうことを、この気持ちを、巻島にどう伝えればいいだろうかと、東堂は日曜に別れてからずっと今まで、考え続けていた。
『たまにはいいんじゃねえの』
「巻ちゃん巻ちゃん、それじゃまるでオレが普段は全然頑張ってないみたいじゃないか?」
『ほどほどにナ』
口調が変わったのに、黙って耳を澄ます。
『知らねえし聞く気もねえけど、オレになんか言ってほしいわけ?』
東堂は目を見張った。突き抜けるような水色の濃い空の下で、吹き渡る風の中で、巻島の声が血液に溶けて全身を駆け巡ったように体が熱を帯びる。
「……そうじゃないよ、巻ちゃん」
巻島は黙っている。その呼吸を聞きたくて東堂は目を閉じて耳を済ませた。
そこにいる。それだけでいい。
巻島にとっての自分もそうであったらいいと思う。手を伸ばしてすぐに届く距離じゃないけれど、誰よりも近くにいるのは自分なのだと。
「まるでなにかの修行のようだな」
『ハ?』
「次にあった時にはきっと話そう」
巻島が微かに喉を鳴らした。ぶっきらぼうな硬い声が東堂の耳を引っかいた。
『……それっていつだヨ』
そう遠くない少し先、なんて曖昧な言い方を許さないそんな巻島が、どうしようもなく好きだと思った。
答えない東堂を訝って、わけわかんねえ、と小さくぼやくその声さえ、眩暈がするほどに好きだと思った。
終
(2011.5.4発行/2013.3.17文庫再録)
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