海賊が死んだ島 5
***
海で死んだ男がいた。
正確には、死んだかどうかわからない。死体を見たものがいないからだ。けれど、彼の身に起きた出来事を知るものは、誰もが生きてはいまいと言ったそうだ。
信じなかったのは、男の親友だったジジイの友人の、その海賊だけだった。波間に消えた彼の姿を探してあらゆる方角に船を向け、走らせ、そうしているうちに仲間はひとり減り、二人減り、何時しかちりぢりに消えてしまった。…てぇ話だ。
目指すものが異なったら、同じ航路を辿る事など出来ない。見ているものが同じであればこそ命を預けあえる仲間足りえるのだと、そんなようなことをジジイは曖昧に俺に言った。
ゴーイングメリー号は、そういう意味ではちょっと変わった船なんじゃねえかと思う。俺はこの船に乗って以来、死ぬような目にはそれこそ何度もあったが、海賊らしい略奪行為を働いた事もないし、これからもする事はないだろうと思う。その事が俺達全員が見ているものってのを表してると思ってる。
俺を今回の行動に走らせたもの。その出来事。その事を思い出すと、頭の中がかあっと燃えるみたいに熱くなって、視界がくらくらする。俺が俺でなくなったみたいな感覚だ。
ありえねえことに、俺はそういう時、あのアホ剣士のことを考えている。
本気で危ねえと思ったのはちょうど一週間前の夜中のことだ。
近づくと猫みてえに毛を逆立てて警戒をあらわにするゾロに、俺も同じようにして切り返すのが、大体いつもの俺たちのパターンだった。喧嘩腰が基本で、和やかな会話が成立する事なんざ、酒が入ればたまにはあったが、まあ、稀だ。
かなり思い切った接近を試みたつもりだ。ずっとのぞんでいた距離を今なら手に入れられるかもしれない。話しながらそんな風に思っていたが、どうやら違った。
そもそも、ゾロは俺との会話なんか必要じゃないんだからしょうがない。
わかっていたけど、俺は、ゾロと話がしたかった。
理由は単純だ。似たような価値観で楽に話が出来る相手がいるってのは、貴重な事だからだ。
だけど、実際に行動を起こしてみて俺は気付いた。
俺はべつに、ゾロと話がしたかったんじゃなくて。
***
島は入り組んだ地形が波を荒立たせて、なかなか思うように近づけなかった。しばらく周辺を見ながら、ようやく波のおだやかな入り江を見つけ、サンジはその岸に船をつけた。バラティエ時代はとにかく船がないと身動きが取れなかったから、この程度はお手の物だ。買出しにも必要だったし、ある程度の年齢になったら、遊びに行くにも船を扱えなければどうしようもなかった。
島はこんもりとした緑が豊富な森が広がっていた。この分なら水には不自由ないようだ。人が住まなかった理由を考えてみたが、サンジにはよくわからなかった。船を下りて白い砂浜をしばらく歩いた。その程度では正確な様子がわかるはずもないが、人がいる気配は今のところ全く感じられない。
「…どっちにしろひとりで住んでただろうしな」
風が生み出す音以外聞こえない。こんなところにひとりでいるなんて事は、今の自分には到底耐えられない。サンジは煙草に火をつけて銜え、荷物を入れたデイバッグをぐいと引き上げるようにして担ぎなおすと、ぐっと白砂を踏みしめた。ぎゅぎゅ、と鳴って足元をつつむ砂は、時折吹く風にひらひらと舞いあがった。礫が体の表面を滑りあがり、ぱたぱたと払っても、あとからあとからそれはサンジのシャツを汚す。海岸にはさえぎるものがなく、風は強く吹き付けた。
サンジは森の中へと足を向けた。住まいがあるとすればそこに違いなかった。
島の周囲は正確にはわからないが、船で一周するのならさして時間はかからないだろうと思われた。歩いて横断しても、それほど手間はかからないはずだ。気をつけて見ていけば生活の痕跡くらいは見つけられるに違いないと気楽に考えて歩き出したのだったが、 ようやく島の中心あたりに着いた頃には太陽が傾き始めていた。島に着いたのが昼過ぎだったから、予想よりずいぶん時間を食っている。
「くそ」
樹木の密集した地域を抜けると、太陽が頭上から降りかかってくる。背の高い青草の林をかき分けながら、手の甲にいくつも切り傷を作った。
「海賊の家らしきもんはみつからねえし、こりゃ今晩は野宿決定だな」
そうなると、せめて水のある場所を探さなければならない。水があれば家があると踏んで最初から探してはいるものの、これまでまったく川は見当たらない。小さな島だが森は緩やかに昇っているし、この上に池があれば、流れ出す小川くらいはどこかに見つかってもいいはずだ。それほど大きな森だった。
海賊は果たして生きているのだろうか。サンジは考えて、ぎゅっと胸を掴む。
死んでいるかもしれない。それは、港で情報を集めていて、感じた。
けれど一方でサンジは信じた。彼自身の信じたもののために、彼は生きているだろうということを。
土の様子を丹念に見ながら一時間ほど歩いたところで、ようやくせせらぎの音を聞いた。サンジはそちらへ駆け寄って、濡れた土を確かめてホッと息をついた。空はすでに暗くなり始めて、月が白い光を放ち始めていた。一週間前よりはやや丸みを帯びた月。もう少しで満月といったところだ。
やがて小川を見つけてそこにキャンプを張った。火をおこし、食事の支度をする。
自分ひとりだけの食事を作るなんてめったにない事だ。停泊していても船には必ず自分以外に誰かがいるし、稀に一人のときには、余りもので火を使わずに簡単に済ませることが多い。
本当は。
ゾロに、来ないか、と言いたかった。
けれど例によって売り言葉に買い言葉で、そんなことを言い出せるような雰囲気ではなかった。
どうしていつもこうなんだろう。
別にひとりで来なければならないと思ったわけじゃない。ただ、自分のためにゴーイングメリーの進路を変えさせるような事はしたくなかった。それに言ったところで、ルフィがここへ向かうと言ったかどうかはわからない。
「違うな」
他の連中をここへ連れてきたくなかったというのが本音だ。
海賊が消えた親友のためになそうとした事をこの目で確かめるのに、人数が多くては邪魔だと思った。理由を聞かれてもうまくこたえられる気がしなかった。つまりはそれで話さなかったのだ。怠慢だ。
食事の片づけを済ませると、火の隣で寝袋にもぐりこんだ。大き目の樹木に寄りかかって目を閉じる。瞼の裏に月のあかりが染みて、しばらく寝付くことが出来なかった。
海で死んだ男がいた。
正確には、死んだかどうかわからない。死体を見たものがいないからだ。けれど、彼の身に起きた出来事を知るものは、誰もが生きてはいまいと言ったそうだ。
信じなかったのは、男の親友だったジジイの友人の、その海賊だけだった。波間に消えた彼の姿を探してあらゆる方角に船を向け、走らせ、そうしているうちに仲間はひとり減り、二人減り、何時しかちりぢりに消えてしまった。…てぇ話だ。
目指すものが異なったら、同じ航路を辿る事など出来ない。見ているものが同じであればこそ命を預けあえる仲間足りえるのだと、そんなようなことをジジイは曖昧に俺に言った。
ゴーイングメリー号は、そういう意味ではちょっと変わった船なんじゃねえかと思う。俺はこの船に乗って以来、死ぬような目にはそれこそ何度もあったが、海賊らしい略奪行為を働いた事もないし、これからもする事はないだろうと思う。その事が俺達全員が見ているものってのを表してると思ってる。
俺を今回の行動に走らせたもの。その出来事。その事を思い出すと、頭の中がかあっと燃えるみたいに熱くなって、視界がくらくらする。俺が俺でなくなったみたいな感覚だ。
ありえねえことに、俺はそういう時、あのアホ剣士のことを考えている。
本気で危ねえと思ったのはちょうど一週間前の夜中のことだ。
近づくと猫みてえに毛を逆立てて警戒をあらわにするゾロに、俺も同じようにして切り返すのが、大体いつもの俺たちのパターンだった。喧嘩腰が基本で、和やかな会話が成立する事なんざ、酒が入ればたまにはあったが、まあ、稀だ。
かなり思い切った接近を試みたつもりだ。ずっとのぞんでいた距離を今なら手に入れられるかもしれない。話しながらそんな風に思っていたが、どうやら違った。
そもそも、ゾロは俺との会話なんか必要じゃないんだからしょうがない。
わかっていたけど、俺は、ゾロと話がしたかった。
理由は単純だ。似たような価値観で楽に話が出来る相手がいるってのは、貴重な事だからだ。
だけど、実際に行動を起こしてみて俺は気付いた。
俺はべつに、ゾロと話がしたかったんじゃなくて。
***
島は入り組んだ地形が波を荒立たせて、なかなか思うように近づけなかった。しばらく周辺を見ながら、ようやく波のおだやかな入り江を見つけ、サンジはその岸に船をつけた。バラティエ時代はとにかく船がないと身動きが取れなかったから、この程度はお手の物だ。買出しにも必要だったし、ある程度の年齢になったら、遊びに行くにも船を扱えなければどうしようもなかった。
島はこんもりとした緑が豊富な森が広がっていた。この分なら水には不自由ないようだ。人が住まなかった理由を考えてみたが、サンジにはよくわからなかった。船を下りて白い砂浜をしばらく歩いた。その程度では正確な様子がわかるはずもないが、人がいる気配は今のところ全く感じられない。
「…どっちにしろひとりで住んでただろうしな」
風が生み出す音以外聞こえない。こんなところにひとりでいるなんて事は、今の自分には到底耐えられない。サンジは煙草に火をつけて銜え、荷物を入れたデイバッグをぐいと引き上げるようにして担ぎなおすと、ぐっと白砂を踏みしめた。ぎゅぎゅ、と鳴って足元をつつむ砂は、時折吹く風にひらひらと舞いあがった。礫が体の表面を滑りあがり、ぱたぱたと払っても、あとからあとからそれはサンジのシャツを汚す。海岸にはさえぎるものがなく、風は強く吹き付けた。
サンジは森の中へと足を向けた。住まいがあるとすればそこに違いなかった。
島の周囲は正確にはわからないが、船で一周するのならさして時間はかからないだろうと思われた。歩いて横断しても、それほど手間はかからないはずだ。気をつけて見ていけば生活の痕跡くらいは見つけられるに違いないと気楽に考えて歩き出したのだったが、 ようやく島の中心あたりに着いた頃には太陽が傾き始めていた。島に着いたのが昼過ぎだったから、予想よりずいぶん時間を食っている。
「くそ」
樹木の密集した地域を抜けると、太陽が頭上から降りかかってくる。背の高い青草の林をかき分けながら、手の甲にいくつも切り傷を作った。
「海賊の家らしきもんはみつからねえし、こりゃ今晩は野宿決定だな」
そうなると、せめて水のある場所を探さなければならない。水があれば家があると踏んで最初から探してはいるものの、これまでまったく川は見当たらない。小さな島だが森は緩やかに昇っているし、この上に池があれば、流れ出す小川くらいはどこかに見つかってもいいはずだ。それほど大きな森だった。
海賊は果たして生きているのだろうか。サンジは考えて、ぎゅっと胸を掴む。
死んでいるかもしれない。それは、港で情報を集めていて、感じた。
けれど一方でサンジは信じた。彼自身の信じたもののために、彼は生きているだろうということを。
土の様子を丹念に見ながら一時間ほど歩いたところで、ようやくせせらぎの音を聞いた。サンジはそちらへ駆け寄って、濡れた土を確かめてホッと息をついた。空はすでに暗くなり始めて、月が白い光を放ち始めていた。一週間前よりはやや丸みを帯びた月。もう少しで満月といったところだ。
やがて小川を見つけてそこにキャンプを張った。火をおこし、食事の支度をする。
自分ひとりだけの食事を作るなんてめったにない事だ。停泊していても船には必ず自分以外に誰かがいるし、稀に一人のときには、余りもので火を使わずに簡単に済ませることが多い。
本当は。
ゾロに、来ないか、と言いたかった。
けれど例によって売り言葉に買い言葉で、そんなことを言い出せるような雰囲気ではなかった。
どうしていつもこうなんだろう。
別にひとりで来なければならないと思ったわけじゃない。ただ、自分のためにゴーイングメリーの進路を変えさせるような事はしたくなかった。それに言ったところで、ルフィがここへ向かうと言ったかどうかはわからない。
「違うな」
他の連中をここへ連れてきたくなかったというのが本音だ。
海賊が消えた親友のためになそうとした事をこの目で確かめるのに、人数が多くては邪魔だと思った。理由を聞かれてもうまくこたえられる気がしなかった。つまりはそれで話さなかったのだ。怠慢だ。
食事の片づけを済ませると、火の隣で寝袋にもぐりこんだ。大き目の樹木に寄りかかって目を閉じる。瞼の裏に月のあかりが染みて、しばらく寝付くことが出来なかった。