レインドロップ ピチカート 4
「風呂あいたぞ」
サンジが二階から下りて来てゾロに告げる。ゾロはソファに座ってテレビを見ながら、うとうとし始めていた。芸人風の男が複数でののしりあっているような喧しげな番組だ。サンジはテレビの前まで歩いていってスイッチを切った。
「ん…」
その膝の上で、しずくもくうくうと寝息をたてている。サンジは目許に笑みを漂わせ、ゾロの呼吸の調子に合わせて上下する小さな頭にそっと掌をのせた。
雨はしとしとと降り続いている。明日も外装工事は行われない。内側はだいたい完了しているが、他にも準備がうまくいっていないことがあって、ここ数日、苛立っているという自覚はあった。ゾロがそれを気にかけながら、どうしていいかわからずにいることも。
もし犬を連れていなかったら。…犬を連れていたから。
ゾロと言い争うたびに、サンジはそんな風に考えた。どうして、この男を家に住まわせようなどと考えたのだろう。ウソップの問いは、そのままサンジの自らへの問いかけを見事にトレースしていた。
サンジはバスタオルで髪を拭いながらテーブルに手を伸ばし、エアコンのリモコンを掴むと、温度調節のボタンを二度押した。ぶうん、とエアコンが唸り、冷風の吹き出す音がして、ゾロがそれに反応して目を覚ました。瞼を重そうに開き、また閉じる。手を上げて軽く腕を擦った。
サンジは、その仕草に軽くふきだし、続いてはあ、と息を吐いた。タオルを首にかけて髪をかきあげ、ゾロのなだらかな胸の隆起をぼんやりと見つめた。
「眠ィ…」
「風呂入って寝ちまえよ」
「ん…、お前」
「あ?」
「明日も出かけるのか?」
サンジは瞬いて、しばらく迷うように唇を空いたり閉じたりしていたが、やがて、気になる?と訊きかえして、にやりと笑った。
「そういうわけじゃねえ。明日も雨だってさっき天気予報で言ってたぞ。急ぎじゃないなら家にいた方がいいんじゃねえか」
「……いたほうがいいか?」
「工事が進まねえのはおめえのせいじゃねえし、慌てたっていいことは無えだろ」
「そうかな」
サンジの気配が緩むのが目を閉じていてもわかって、ゾロはつられるように笑う。
「じゃあ休むかな。ゾロがいてくれって言うんならしょうがねえ」
「…頼んでねえよ」
ゆっくりと目を開くと、サンジが前のソファに腰を下ろしながら、テーブルの煙草に手を伸ばしていた。口許に小さく笑みを含ませながらそれを晒そうとはしない。いちいち取り沙汰するのも面倒だとばかりに、ゾロはソファの背もたれに体を預けた。そしてもう言いたい事は言ったからと、手をぶらりと仰ぐように振ったが、ふいに頭をもたげてきた疑問がすべる様に口をついて出た。
「お前、ここにはいくつまでいたんだ?」
サンジはぱちぱちとわざとらしく瞬くと、今度は見せつけるような笑みを鮮やかに浮かべた。煙草を一本取りだし火をつけ、満足げにふうと煙を吐き出して、からかうような口調で言った。
「俺の事が知りたくなった?」
「そういうんじゃねえ」
「じゃあどういうんだ?」
「うるせえ。気にすんな」
「なあゾロ?」
「…なんだ」
「…実はけっこう感謝してる」
ゾロは薄目をあけて正面にある顔を見た。視線を床に落として俯き加減に煙草を吸い込む姿勢。頬にかかる長い指。そういうのは悪くないとゾロは思った。人を食ったような笑みを浮かべているよりずっといい。
しずくがふんふんと鼻を鳴らし、身じろぎして、もう一度膝の上で丸くなった。ゾロは無意識に小さな頭を撫ぜる。
「なんで」
いや、とサンジは小さく言って、そのまま暫く煙草を吸っていたが、いきなり立ち上がると、回り込んでゾロの隣に腰掛けた。右側がサンジの重みで沈み込み、ぎしりと鳴る。
ゾロは少し驚いて距離を取ろうと尻を上げかけたが、サンジが体を斜めにしてゾロの肩にもたれてきたので、それ以上動けなかった。
「おい」
「ひとりだったらけっこう滅入ってたかも、とか」
顔は仰向き加減で、視線はやや斜め上で宙に浮いている。ゾロはちらりと横目で見て、そのまま力を抜いて座りなおした。サンジの髪が首筋に触れる。
サンジが二階から下りて来てゾロに告げる。ゾロはソファに座ってテレビを見ながら、うとうとし始めていた。芸人風の男が複数でののしりあっているような喧しげな番組だ。サンジはテレビの前まで歩いていってスイッチを切った。
「ん…」
その膝の上で、しずくもくうくうと寝息をたてている。サンジは目許に笑みを漂わせ、ゾロの呼吸の調子に合わせて上下する小さな頭にそっと掌をのせた。
雨はしとしとと降り続いている。明日も外装工事は行われない。内側はだいたい完了しているが、他にも準備がうまくいっていないことがあって、ここ数日、苛立っているという自覚はあった。ゾロがそれを気にかけながら、どうしていいかわからずにいることも。
もし犬を連れていなかったら。…犬を連れていたから。
ゾロと言い争うたびに、サンジはそんな風に考えた。どうして、この男を家に住まわせようなどと考えたのだろう。ウソップの問いは、そのままサンジの自らへの問いかけを見事にトレースしていた。
サンジはバスタオルで髪を拭いながらテーブルに手を伸ばし、エアコンのリモコンを掴むと、温度調節のボタンを二度押した。ぶうん、とエアコンが唸り、冷風の吹き出す音がして、ゾロがそれに反応して目を覚ました。瞼を重そうに開き、また閉じる。手を上げて軽く腕を擦った。
サンジは、その仕草に軽くふきだし、続いてはあ、と息を吐いた。タオルを首にかけて髪をかきあげ、ゾロのなだらかな胸の隆起をぼんやりと見つめた。
「眠ィ…」
「風呂入って寝ちまえよ」
「ん…、お前」
「あ?」
「明日も出かけるのか?」
サンジは瞬いて、しばらく迷うように唇を空いたり閉じたりしていたが、やがて、気になる?と訊きかえして、にやりと笑った。
「そういうわけじゃねえ。明日も雨だってさっき天気予報で言ってたぞ。急ぎじゃないなら家にいた方がいいんじゃねえか」
「……いたほうがいいか?」
「工事が進まねえのはおめえのせいじゃねえし、慌てたっていいことは無えだろ」
「そうかな」
サンジの気配が緩むのが目を閉じていてもわかって、ゾロはつられるように笑う。
「じゃあ休むかな。ゾロがいてくれって言うんならしょうがねえ」
「…頼んでねえよ」
ゆっくりと目を開くと、サンジが前のソファに腰を下ろしながら、テーブルの煙草に手を伸ばしていた。口許に小さく笑みを含ませながらそれを晒そうとはしない。いちいち取り沙汰するのも面倒だとばかりに、ゾロはソファの背もたれに体を預けた。そしてもう言いたい事は言ったからと、手をぶらりと仰ぐように振ったが、ふいに頭をもたげてきた疑問がすべる様に口をついて出た。
「お前、ここにはいくつまでいたんだ?」
サンジはぱちぱちとわざとらしく瞬くと、今度は見せつけるような笑みを鮮やかに浮かべた。煙草を一本取りだし火をつけ、満足げにふうと煙を吐き出して、からかうような口調で言った。
「俺の事が知りたくなった?」
「そういうんじゃねえ」
「じゃあどういうんだ?」
「うるせえ。気にすんな」
「なあゾロ?」
「…なんだ」
「…実はけっこう感謝してる」
ゾロは薄目をあけて正面にある顔を見た。視線を床に落として俯き加減に煙草を吸い込む姿勢。頬にかかる長い指。そういうのは悪くないとゾロは思った。人を食ったような笑みを浮かべているよりずっといい。
しずくがふんふんと鼻を鳴らし、身じろぎして、もう一度膝の上で丸くなった。ゾロは無意識に小さな頭を撫ぜる。
「なんで」
いや、とサンジは小さく言って、そのまま暫く煙草を吸っていたが、いきなり立ち上がると、回り込んでゾロの隣に腰掛けた。右側がサンジの重みで沈み込み、ぎしりと鳴る。
ゾロは少し驚いて距離を取ろうと尻を上げかけたが、サンジが体を斜めにしてゾロの肩にもたれてきたので、それ以上動けなかった。
「おい」
「ひとりだったらけっこう滅入ってたかも、とか」
顔は仰向き加減で、視線はやや斜め上で宙に浮いている。ゾロはちらりと横目で見て、そのまま力を抜いて座りなおした。サンジの髪が首筋に触れる。