レインドロップ ピチカート 3

 サンジは食事の間中よく喋った。ウソップの真偽の程は定かでない怪しげな話にも何度も相槌を打って笑っていた。きっといくつかはまじめに信じているのだろう。自分や、ナミのような人間ともうまく付き合うのだから、ウソップはもとからかなりの社交家なのだとゾロは思っている。美味い美味いと何度も口にして、ゾロの隣で、サンジの作った料理に素直に舌鼓を打っていた。
 こんなふうに振る舞えればいいのだろうか。
 それを見ているサンジの目はいかにも満足げで優しい。ゾロは、自分が食べている時もサンジはこんな目をして見ているのかもしれないと思った。食べている最中はあまりサンジの顔を見たことがない。そこまで考えて、ゾロは先ほどの思いつきを撤回した。急に今のウソップのように振る舞ったって、気味悪がって悪態をついてくるだけだ、こいつは。人間には向き不向きってモンがある。
 しずくは自分のエサをすっかりたいらげてしまい、もの欲しそうな目でゾロを見上げている。時々伸び上がって、ゾロの脹脛のあたりををひっかく。
「お前は、自分の分食っただろうが」
 そう言うと、今度はサンジの方に回りこんで、同じようにせっついた。
「サンジは犬好きなんだなあ」
 ウソップはさりげない声でそう言って、スペアリブとトマトの煮こみが盛られた大皿を手前に引き寄せている。サンジは目を丸くした。
「なんで?」
 だってお前、と、ウソップは皿に残った全てを自分の取り皿に移しながら答える。
「ゾロが犬連れだったから見捨てて置けなかったんだろう?違うのか?」
 サンジはぽかんとしてウソップを見つめ、ううむ、とわざとらしく考える素振りを見せ、いや、と呟いた。
「それもあるけど、まあ、労働力確保の意味もあり…」
 と、ぶつぶつとそこまで言うと語尾は曖昧に濁した。ウソップもそれ以上訊き出そうとはせず、ふーん、と答えながらもぐもぐと口を動かしていた。
「あのな、ここ、俺の家なんだよ」
「そんなの見ればわかるぜ」
「そうじゃなくて、暫く離れてたけど、ガキの頃は住んでたんだ。やっぱレストランだったんだけどよ」
 初耳だったので、ゾロは改めてサンジを見る。それに気付いたサンジはにやりと笑って愉しげな視線をよこした。
「へえ、そうなのかよ」
「久々に帰ってきたからなんか気分良かったんだよ。そんでなんとなくさ、親切心がうずうずとな」
 ウソップはふんふんと頷いている。
「こいつがあんまり哀れに思えちまってさあ」
 ウソップに向けて喋りながら、あくまで視線はゾロに向いている。ゾロは苦々しく思って顔を背けた。
「そうかあ、そりゃあたしかになあ。お前見かけによらずやさしいな」
 ウソップが暢気な声で言うのに、サンジはどういう意味だと睨みつけながらも笑って、わざとらしい謙遜を繰り返した。そこまでは大人しく聞いていたゾロだったが、テーブルをダン、と両手で叩いて立ち上がり、二人をねめつけ、いい加減にしやがれ、と唸った。しずくがびくりと顔を跳ね上げる。それから大仰な溜息とともにどっかりと腰を下ろした。サンジは相変わらず愉しげだ。
「怒るなよ」
「怒ってねえよ」
「ごめん」
「笑いながら言っても説得力が無え」  ウソップはサンジとゾロを交互に見比べ、なんだ、なるほどそうかよ、と笑った。何がそうなんだ。ゾロはわからず憮然とし、皿に残ったグリンピースご飯をかきこんだ。  また来いよ、と笑って見送るサンジの隣で、ゾロはウソップをつれて来てよかったとしみじみ思っていた。
 できればうまくやりたいと思う。とりたてて仲良くなる必要もないだろうが、ゾロはあの数週間前の月の夜に見たサンジの横顔を、なぜだか忘れる事が出来ないでいた。
 だが、そういった気持ちを口に出すのは苦手だ。サンジから突っかかってくる事がなければお互いの言い争う回数は激減すると思うのだが、一方では、それがストレス解消になるのなら付き合ってやるのもいいかと思う。そう思えるくらいには世話になっている。問題は、ゾロ自身がつい正面から相手になってしまうことであって、こればかりは自分も大人になりきれないものだと溜息をつく以外に無い。
 ナミあたりなら、こういう事もうまくやるのだろうが。
 闇の中でだんだん小さくなっていくウソップの透明なビニール傘を見つめながら、ゾロは今日何度目になるか知れない溜息をついた。
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