ペパーミント スカルセッション 2

 神社の境内を出て駅方向を背にしながら、だらだらと続く坂を、今度は二人でおりていく。西へと傾きかけている太陽が、左耳を焼くように照りつけてくる。
 ゾロは、今日はこのあとバイトがある。散歩から戻ったら準備をして出かけるつもりだった。
 真っ直ぐ進むとT字路があって、駅前通りの一本隣の道にぶつかる。通学路でもある、広くて綺麗に整った道だ。ここを左に折れて暫く行くと小学校がある。今も、プール帰りの子供らが巾着袋を振り回しながらふざけ合っていた。
「ここをあっちに曲がっちまったとか」
 サンジが左を指差しながらポツリと呟いた。ありうる、とゾロは思った。
 右に折れて暫く行って、道を渡って左に入る。その先にあるのが駅前通りで、いつもの家に戻る道順だった。ゾロは道を渡るところでしずくがいないことに気付いたので、どこではぐれたかと考えた時、その確率が一番高い。
「…かもしれねえ」
 二人は左に折れて小学校の方に向かった。道路わきにある大きな家の庭から、欅のせり出した枝が、道路に影を落としている。アスファルトから立ちのぼる熱が、顎を滴る汗を通して肌を嬲る。真っ直ぐ続く道の先は暑さでゆらめいてぼやけていた。この先のどこかにしずくはいるのだろうか。
 しばらく方々を見渡しながら歩いた。サンジは草叢を見つけると走りよって、名前を呼びながらざくざくと入り込んだ。
 三十分ほどそういったことを繰り返しながら、小学校を通り過ぎても歩きつづけたのだが、しずくは見つからなかった。
 やがて国道に出た。大型車が目の前を轟音を上げて行き交っている。ゾロは息をのみ、ゆるゆるとしゃがみこんで大きく吐き出した。
「お前、そろそろ行かねえとまずくねえ?」
「……こんなんじゃ行けねえよ」
 尻ポケットに突っ込んだままだった携帯が鳴った。ゾロは手を伸ばして抜き取り、耳にあてがう。
『ゾロ?しずくちゃん見つかった?』
 ナミだった。サンジに電話した後、なんとなくそのままナミにもメールを打っておいた。授業が終わって、おそらくすぐに電話をかけてきたのだ。
「いや」
「私も今から行くわ。いいわよね?」
「いや、別に」
 その様子を見ていたサンジも、ゾロの隣にしゃがみこむ。
「何?」
「ナミが」
 まだ、ナミとサンジを会わせた事はなかった。お互い話の端々で出てくる名前で知ってはいて、サンジには何度もつれて来い、会わせろと言われていたのだったが、きっかけも無く、なんとなくそのままにしていた。ナミからも同様にせっつかれていたのにだ。
「ナミさん?来るの?」
 サンジがあきらかに嬉しそうな顔をしたので、ゾロはむっとする。こんな時にそんな顔をするのかと、少し腹立たしかった。断るのは簡単だったが、そんな理由では大人げが無いと言うものだ。それに、ひとりでも多い方がいいのは事実だった。
「ああ、来られるんなら頼む」
 そう言うと、すぐに電話を切った。
「一旦戻ろう。もしかしたら、戻っているかも知れねえし」
 立ち上がって、よれたジーンズのしわを伸ばす。汗でごわついていて不快だ。
「ナミさん来るって?」
「お前、あからさまに嬉しそうにすんな」
「だってお前、全然つれて来てくんねえんだもん」
「お前に会わせる為だけにつれて来るか」
「何?なんで?俺にナミさん取られるから?」
「ナミがお前を相手にするかよ。あいつ、怖えぞ」
「あ、そうか。ナミさんに俺を取られるからだな」
 ゾロは呆れたように口を半分あけた顔でサンジを見た。実際呆れたので言葉が出なかった。サンジはにんまりと笑って、あ、図星か、と言った。
「馬鹿な事ばっか言ってんじゃねえ!殴るぞ」
 今度は成功した、と、サンジは満足した。どうも最近、ゾロのこういう反応を面白がっている。そういう自分を自覚している。ゾロには迷惑な話だろうが、面白いのだから仕方が無い。
 家へと向かう道を、再び肩を並べて歩き始めた。背後から照らす太陽はオレンジの色合いを濃くし始めている。道を通り過ぎる車の巻き上げる砂塵が肌の上をざらざらと叩いた。
 どこいっちまったんだ…。
 項垂れるゾロの視線は足元のあたりを揺れ動く。隣でサンジが溜息をついたのがわかった。つられてゾロも溜息をつく。スニーカーの踵を道路に擦りつけながら、ゾロはだんだんと体が重くなってくるのを感じていた。
 もし、このまましずくが見つからなかったらどうしようかと考え(考えたくも無い事だが)、隣の男の顔にチラリと視線を送った。目の隠れた方の横顔。女好きで軽薄な空気をまとっていて、しかし、決して軽薄な男ではない。指摘したって認めたりはしないだろうが、犬を連れて途方にくれていたゾロに声をかけたことだって、損得を考えれば普通はしない行為だろう。口論の果てに、野郎なんぞに仏心出した俺はなんて大ばか者だ、大失態だと、そういったたぐいの言葉は何度も聞いたが、出て行けと言われたことは一度も無かった。
 出て行くべきなのだろう、と思う。このまましずくが見つからなかったなら。まっとうに考えればそうだ。
「何考えてる」
 サンジが低い声で呟いた。ゾロは頭の中を覗かれたような気がして、咄嗟に声が出ない。
「言っとくけど」
 足を引き摺る音がだんだん大きくなる。その先はあまり聞きたくないと思った。背丈が同じくらいの二人の影は前方に長く伸び、足の運びにあわせて高くなったり低くなったりを繰り返している。
「怒るなよ。もししずくが見つからなくっても、お前、家にいろよな」
 ゾロは俯いたまま、頭の上の方でその声を聞いた。聞いて、ああ、そう言うのはわかっていた、と思った。そう思うのは、自分がずるくなったようで嫌だった。
「いろよ」
「雇い主の命令かよ」
 そう言ったのは、自分の胸の中にある感情のバランスを保つためだったが、サンジはそんなんじゃねえよ、と言って、俯いた。傷ついたような表情だった。ゾロも唇を噛んで、同じように俯いた。ゾロの影が一段低くなった。
   
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