オレンジスカイ 2
食事を終えて後片付けを済ませると九時だった。ここから眠るまでは、いつも思い思いに過ごす。
ゾロは自室で机に向かう以外はたいていここでソファに長々と座ってしずくを腹に乗せていて、サンジはキッチンに立ったり店の方に行ったりしていなければ、同じようにゾロの向かいでだらりと座って煙草を吸っているのだ。
この日もそうだった。テレビを見ながらなんだかんだとたわいのない話をしていて、ゾロが風呂に入ると言って立ったところに、サンジは声をかけた。
「そのまま寝ちまう?」
「そうだな」
「部屋間違えんなよ」
しずくをソファにおろし、ああ、と答えて階段を昇っていくゾロを目で追い、サンジはぽすん、とソファに横になった。
ゾロは夏でもバスタブに湯を張って入るのが好きだ。けれど熱い湯に入ると後から出る汗の量がすごいので、そのまま寝るといって二階に上がっても、結局一度下りて来る事が多い。ましてや、今日から暫く眠るサンジの部屋は、エアコンが使えないのだ。
可愛いやつ、とサンジは思う。初めてこんなふうに思った時には自分の感情に戸惑ったけれど、今となっては珍しくもないので、もう諦めてしまっている。
一度、悪戯心からキスをした事があった。あれきり、あんなふうに近づいたりはしていなかったから、今朝のゾロはきっと相当驚いた事だろう。表情がかすかにおびえていたのを思い出し、サンジは小さく笑い声を立てる。思いがけず良いものが見られた。
ゾロは気付いていない事がたくさんある。一番最初のところからしてそうだ。サンジはゾロを強引に家に引き入れたつもりなのに、ゾロ自身はサンジに負債を負わせたような気になっている。だからサンジはその気持ちを利用して、ゾロには随分我侭な態度をとっていると思う。そういう自覚はある。そんなことを考えているなんてバレたら半殺しだろうと思うと、絶対に隠しとおさなくてはならない。
だが、サンジが今隠している事はそれとはまったく別の次元の事で、言うべきかどうか迷うような話だ。
言った方がいいのか。言わないですむ話なのか。一晩過ごしてみればわかるだろうと思うのだが、もし言うべきだったのだとしたら、事が起きた後でゾロに責められる事になる。それは、出来れば避けたい。
だが、言ったら、この部屋の交換の話はご破算かもしれない。それどころか。
「今更出て行くなんて言われたら、俺泣いちゃうよ」
なあしずく、と向かいのソファでうとうとしているしずくに呟きかける。
「でもあいつの性格だと、自分の目で見なきゃ信じないだろうしなあ」
しずくはふうん、と溜息のように鼻を鳴らして、もごもごろ口を動かしている。
結局黙っておく事にした。
「あっちい」
しばらくして、ゾロは風呂から上がると、サンジの予想どおりに、そのまま階段を下りてきた。トランクス一丁で、バスタオルを首からさげた格好だ。リラックスにも程がある。すでに間借り人だなどという感覚はお互いに皆無だと、こういう姿を見てサンジは思う。
ゾロは冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、そのまま口をつけて飲んだ。
「グラス使えよ」
「めんどくせえだろ」
ゾロはそのままエアコンの下に立った。気持ちよさそうに目を細めている。
「お前、それもよせ。冷えるだろ」
サンジはこういう小言が多い。もっともな場合が多いので無視も出来ないところがゾロには腹立たしい。
「もう寝るからいいんだよ」
そう言うと、ペットボトルのキャップを閉めて冷蔵庫に収め、再び階段を上っていった。その後ろ姿に、おやすみ、と一声かけると、ああ、という返事が返ってきた。
翌朝、目覚めて一階に下りたサンジが最初に目にしたのは、ソファに眠るゾロの姿だった。ロールカーテンを開けて窓を押し上げると、ひそやかな空気の動きをを感じたのか、軽く身じろぎする。
「ここで寝たのか?」
ううん、と唸りながら大きく伸びをして、目を擦りながら、ゾロはゆっくり起き上がる。
「ああ、なんか」
欠伸まじりに言う横顔をじっと見る。目が赤い。
「寝不足?」
「いや」
「寝心地悪かった?」
ゾロは考え込むように口許に手を持っていき、暫くそうしていたが、顔洗ってくる、と言って階段を上っていってしまった。サンジはしずくにえさをやり、コーヒーをセットすると、ゾロに続いて二階に戻った。
結局、ゾロはサンジの問いには答えないまま、朝食を終えて少ししてから、バイトに出かけてしまった。
ゾロは、日曜はほぼ毎週バイトが入っている。遅番と交代して、何もなければ七時前には帰ってくるので、サンジもそれくらいには家に戻るようにしていた。ゾロと一緒に夕食をとるとなると、時間を合わせるのは、実はなかなか難しいのだ。
出かけるときには何も言っていなかったのに、夕方近くになって、ウソップと飲みに行くから夕食はいらないと電話がかかってきた。
ウソップだって知らない仲じゃないのだから誘ってくれてもよさそうなものなのに、サンジにはそれ以外一言もなかった。多少落ち込んだが、ふてくされる前に考える事があった。
もしかしたらゾロは、今日は帰ってこないかもしれないと思った。案の定、十一時を回ってから電話があった。サンジは何も言わず、その日もゾロの部屋で休んだ。
ゾロは自室で机に向かう以外はたいていここでソファに長々と座ってしずくを腹に乗せていて、サンジはキッチンに立ったり店の方に行ったりしていなければ、同じようにゾロの向かいでだらりと座って煙草を吸っているのだ。
この日もそうだった。テレビを見ながらなんだかんだとたわいのない話をしていて、ゾロが風呂に入ると言って立ったところに、サンジは声をかけた。
「そのまま寝ちまう?」
「そうだな」
「部屋間違えんなよ」
しずくをソファにおろし、ああ、と答えて階段を昇っていくゾロを目で追い、サンジはぽすん、とソファに横になった。
ゾロは夏でもバスタブに湯を張って入るのが好きだ。けれど熱い湯に入ると後から出る汗の量がすごいので、そのまま寝るといって二階に上がっても、結局一度下りて来る事が多い。ましてや、今日から暫く眠るサンジの部屋は、エアコンが使えないのだ。
可愛いやつ、とサンジは思う。初めてこんなふうに思った時には自分の感情に戸惑ったけれど、今となっては珍しくもないので、もう諦めてしまっている。
一度、悪戯心からキスをした事があった。あれきり、あんなふうに近づいたりはしていなかったから、今朝のゾロはきっと相当驚いた事だろう。表情がかすかにおびえていたのを思い出し、サンジは小さく笑い声を立てる。思いがけず良いものが見られた。
ゾロは気付いていない事がたくさんある。一番最初のところからしてそうだ。サンジはゾロを強引に家に引き入れたつもりなのに、ゾロ自身はサンジに負債を負わせたような気になっている。だからサンジはその気持ちを利用して、ゾロには随分我侭な態度をとっていると思う。そういう自覚はある。そんなことを考えているなんてバレたら半殺しだろうと思うと、絶対に隠しとおさなくてはならない。
だが、サンジが今隠している事はそれとはまったく別の次元の事で、言うべきかどうか迷うような話だ。
言った方がいいのか。言わないですむ話なのか。一晩過ごしてみればわかるだろうと思うのだが、もし言うべきだったのだとしたら、事が起きた後でゾロに責められる事になる。それは、出来れば避けたい。
だが、言ったら、この部屋の交換の話はご破算かもしれない。それどころか。
「今更出て行くなんて言われたら、俺泣いちゃうよ」
なあしずく、と向かいのソファでうとうとしているしずくに呟きかける。
「でもあいつの性格だと、自分の目で見なきゃ信じないだろうしなあ」
しずくはふうん、と溜息のように鼻を鳴らして、もごもごろ口を動かしている。
結局黙っておく事にした。
「あっちい」
しばらくして、ゾロは風呂から上がると、サンジの予想どおりに、そのまま階段を下りてきた。トランクス一丁で、バスタオルを首からさげた格好だ。リラックスにも程がある。すでに間借り人だなどという感覚はお互いに皆無だと、こういう姿を見てサンジは思う。
ゾロは冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、そのまま口をつけて飲んだ。
「グラス使えよ」
「めんどくせえだろ」
ゾロはそのままエアコンの下に立った。気持ちよさそうに目を細めている。
「お前、それもよせ。冷えるだろ」
サンジはこういう小言が多い。もっともな場合が多いので無視も出来ないところがゾロには腹立たしい。
「もう寝るからいいんだよ」
そう言うと、ペットボトルのキャップを閉めて冷蔵庫に収め、再び階段を上っていった。その後ろ姿に、おやすみ、と一声かけると、ああ、という返事が返ってきた。
翌朝、目覚めて一階に下りたサンジが最初に目にしたのは、ソファに眠るゾロの姿だった。ロールカーテンを開けて窓を押し上げると、ひそやかな空気の動きをを感じたのか、軽く身じろぎする。
「ここで寝たのか?」
ううん、と唸りながら大きく伸びをして、目を擦りながら、ゾロはゆっくり起き上がる。
「ああ、なんか」
欠伸まじりに言う横顔をじっと見る。目が赤い。
「寝不足?」
「いや」
「寝心地悪かった?」
ゾロは考え込むように口許に手を持っていき、暫くそうしていたが、顔洗ってくる、と言って階段を上っていってしまった。サンジはしずくにえさをやり、コーヒーをセットすると、ゾロに続いて二階に戻った。
結局、ゾロはサンジの問いには答えないまま、朝食を終えて少ししてから、バイトに出かけてしまった。
ゾロは、日曜はほぼ毎週バイトが入っている。遅番と交代して、何もなければ七時前には帰ってくるので、サンジもそれくらいには家に戻るようにしていた。ゾロと一緒に夕食をとるとなると、時間を合わせるのは、実はなかなか難しいのだ。
出かけるときには何も言っていなかったのに、夕方近くになって、ウソップと飲みに行くから夕食はいらないと電話がかかってきた。
ウソップだって知らない仲じゃないのだから誘ってくれてもよさそうなものなのに、サンジにはそれ以外一言もなかった。多少落ち込んだが、ふてくされる前に考える事があった。
もしかしたらゾロは、今日は帰ってこないかもしれないと思った。案の定、十一時を回ってから電話があった。サンジは何も言わず、その日もゾロの部屋で休んだ。