ようやく。
すこしまえに地球での話を見終わった時点で、あまりに胸糞だったのでちょっと毒にあたった感じで休んでたんだけど、昨日、ラストまで一気に。
鉄血。兵器と人血。孤児たち。そういうドラマで、タイトル通り一貫していたな、というのが、ラストまで見ての実感。
そして結論として、私はバルバトスと三日月のコンビが最高に格好良くて好きだという結論に達しました。
何かを目指して戦い続けて、どこかへたどり着こうとしてあがいて、道半ばで斃れた子供たちの物語だった。表面上は。
世界の中の、ごく一部の視点。大きな歴史の中の、小さないくつかの戦いを描くのに、そのなかにいた鉄華団という集団を主人公に選んだというような。
オルガが動かなければ、ミカがいなければ、オルガとミカが出会わなければ生まれなかった物語なので、彼らが主人公なわけだけど、その生まれから死までを描いた物語なのだと思えば、すごくすっきり収まっていると思います。その死にざまについての意見とかは、まああるんでしょうけど、こうだと描かれている以上、こうなので。
それにしても、最後の三日月の、こんなとこで止まりたくねえだろって台詞と、それにこたえるバルバトスがほんとうにたまんなかった。あの牙をむく感じ。
三日月はもうバルバトスと一体化していて、あの期待の中でしか自由に呼吸ができない状態で、つまりバルバトスになっていたんだけど。
すこし前の日記にも書いているけど、私は呼びかけに応えるかたちで力を拡大するガンダムという状態がすごく好きで、バルバトスはその中でも大分異端だとはおもうのだけど、でもこれ、すごく好きだと思いました。
力を拡大させるということには、力を貸す、とか、引き出す、とか、あくまでマシンの中に眠る大きな力がまずあるわけだけども、バルバトスと三日月の場合、バルバトスに頼んでない、と言うのが新鮮。命令してる。くれ、じゃなくて、よこせ、なとことか。一体化してる。
私の好きなファンタジー小説の、ファーシーアの一族では、主人公と狼が絆を結んでいて、主人公が体を痛めつけられて牢に入れられ、死体にならなければもはや出られないとなった時、主人公が仮死状態になる薬を飲んでオオカミの体の中に魂を移し、運び出される、というシーンがあるんだけど、なんかそれを思い出した。その中で主人公は、痛めつけられ、毒による発作でままならない体を飛び出して、オオカミになって平原を駆けるの。その自由。何物にもとらわれない、単純な暮らしの幸福。そういうのがなんか、重なった。
三日月の魂はバルバトスという体を動かすものになってて、バルバトスは、魂の呼びかけに答えて動き続けるの。
生まれたときの記憶を見て、そうだな、と納得した三日月は、あのときはっきりとそこで死ぬことを決めたんだと思うんだけど、バルバトスが最後まで一緒にいてくれて、三日月の思いに最大限に応えきってくれたことが、ほんとうに、悲しいけど、よかった、と思った。三日月は、バルバトスと出会えてよかったと思う。
ラストは穏やかな、すこし未来の話で。あの時あそこで命を張った彼らの、その結果がこれなんだな、と思った時、わるくねえなって天国で笑い合ってる彼らの姿が見える気がした。彼らが求めていたものは、こんな普通の世界での暮らしだったのだし、彼らの力ではなかったにせよ、彼らの存在なくしてはあり得なかった世界ではあるように思うから。
それでも、名瀬さんが生きていてくれたら、もう少し違う道もあっただろうなあ、とは思うよね。
オルガは頑張ったよ。ホントに頑張ったと思う。彼の死の場面も、私は別に面白く茶化す気にはならないな。十分格好良かったと思います。その可能性をまったく考えていなかったんだとしたら、それはちょっと甘かったね、とは思うけれども。
マクギリスはかわいそうだったね。どうしてもあそこから逃れられなかったのはもう、仕方がないと思う。すべてを忘れて安穏とした幸せに浸かることに耐えられなかったなら、もう目指すものは一つきりだ。でも、あまりに短絡的で、子供の妄想の域を出ていなかったという気がするけど。
まあそれでも、ガエリオに殺されるのは、彼にとっては最良だったんじゃないかな。
いろいろあるけどまとまらない。
あとそうそう。バナナフィッシュ読みかえし終わったばかりなので、めっちゃアッシュと重なったりもしたわ。自由を勝ち取るために戦って死んだところも、その自由というのが、あまりにささやかな、家族という名の仲間と思いっきり馬鹿笑いしたい、みたいなものだったこととか。結局人間の幸福って、そこにあるのかもしれないね。という事も感じさせられましたね。