と思って、一冊文庫をカバンに入れておくようにしよう、と不意に思って手に取ったのだったのだけども、初めて川上未映子の小説を読んだよ。もっと他に読むものがあるだろうなーって思いつつ、すべて真夜中の恋人たち、を読んだ。
私は好きだったんだけど、あまぞんの★は評価低いねー。まあ評価が低い人たちが何を嫌いだったかはわかる気がする。
私はこの主人公がそんなに嫌いじゃなかった。いるよ、こういうひと。そして、私はそこまでこの人にイライラはしない。何がイライラしないかっていうと、この人は自分で完結していて、人に迷惑をかけたりしない。私に迷惑をかけない人のことを私は嫌いじゃないからです。迷惑をかけられてもいいっていう類のひととは真逆の意味での、好き。そういう人は安心できる。
聖という人が彼女をかまったのもの同じ理由だと思うんだ。聖さんは別の意味でとても不器用な人ですしね。
恋愛の小説と言うよりは、ひとりの女性の話。なんつーかな。たとえばね、水の上にね、仰向けにぷかぷかと浮いて漂っていた人が、なんかの表紙に頭を引っ張られて沈んで、そこからまた、ゆっくりと溜め込んだ息を吐き出しながら浮いてくる、という感じのお話だった。浮いてきたら今度は、浮いてるだけじゃなくて、バタ足くらいは、休み休み、出来る。自分にも足を動かせるってことを知って。そういう話だと思う。
作者のことを言ってる人もいたけど、私は作者の方が書きたかったのは、どんな人間もそれを、ひっそりと裏側に持っているってことだと思う。それっていうのは、ストーリーとか経験とか歴史とか、なんか、その人を形作る何かの出来事、みたいなこと?なんか、そういう感じのもの。わかんないけど。そういう意味で、入江さんも聖さんも、立ってる場所はおんなじ。
なんつか、これを恋愛小説として読んでたら、そりゃつまらんかっただろうなと思うね。でも私は、彼女の自分の内面との向き合い方、好きだよ。この人には、たったこれだけのことが、とてもとても大変だったんだよなあ……。わかるよ。外側の世界にひしめいている猥雑だけどエネルギッシュな人間たちの息遣いを感じたとき、自分しかいない世界の孤独に気付く瞬間の、あのシーンは、ちょっと身につまされたよね。好きだと思ったのは、だからなのかなー。
三束さんという人は、この、入江さんという人が、好きになれる人。
一気に読むとかじゃなくて、だらだら読んでたんだけど、つまりはそういう読み方ができる本だった。
そんで一冊終わっちゃったので、本棚の中から読みかけて挫折した家守綺譚を抜き出してカバンに入れた。そう。すべて真夜中~を面白く感じた私はこれを挫折している……。本の合う合わないって、ほんと人それぞれだと思うんだよね。梨木香歩は、西の魔女が死んだと春になったら苺を摘みにを読んだくらいで、西の魔女はふつうで、春になったらはとてもすき。
さて、げんこうすっかな!