音のない夢 1




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 西からの風を背中に受けながら越えた砂丘は、遥か彼方をかすみのように黄色く染めあげ、四方どちらを向いてもその先までを見通すのは難しかった。草木の一本すらも無い涸れ果てた砂礫の海は、まるで世界でたったひとつ残された人間の住処のようで息がつまりそうだ。
「俺たちは最後まで生き残った人類ってことになるわけだよ」
「あほな事言ってんじゃねえ」
 砂が入らないように鼻と口を布で塞いでいるからゾロの声はくぐもって聞こえる。手を伸ばしてその緑の髪に指をくぐらせてみるとざらざらしていた。もう三日以上体を洗っていないから仕方がない。一番近いオアシスには今日中にはなんとか辿り着けるはずだった。方角を間違えてさえいなければ。
 見上げる空も黄色く濁っている。太陽は白くぼやけて辛うじて位置を知らせる程度の鈍い光を放つばかりで、真昼間の砂漠でありながら灼熱とは程遠い。
 風で砂が動いて足をとられる。この風はまだ強くなるのだろうか。俺はコンパスを額にこつんとあてた。祈るような格好になっていると、してしまってから気付いた。砂が入って痛む目をパチパチと瞬かせながら、薄汚れたガラス面を覗き込む。きっと目は赤く充血している。
「北」
 次のオアシスから、もう一日も歩けば町に着くはずだ。その先の事はとりあえず考えていない。いつもの事だ。
 先だっての思いがけない臨時収入で多少潤ったとはいえ、懐具合はここしばらくずっと心許無い。俺個人としては出来れば次の町で何か仕事を見つけてしばらく腰を落ち着けたいところだったが、叶うかどうかはそうなってみるまでわからない。俺ひとりで決められる事じゃないからだ。
「ばばあ、無事に帰れたかな」
「たぶんな。おめえ暢気だな。今は俺らの方がピンチだぜ普通に」
 皮袋にもう水はほとんど残っていなかった。彼女と別れたオアシスももう、遥か後方だった。
「世界で二人きりなんだろ」
「おお、そうそう」
 どうでもいいことをどうでもいい口調で話しながら、俺達はだらだらと歩を進めて一番大きな砂の丘の頂上に立った。黄色く染まった空のわずかな青が一段近くに迫る。喉が渇いて粘膜がくっつく。流れる汗が衣服の下の皮膚を不快に濡らす。ゼイゼイと荒い息を吐いて、膝頭に手を当てて少し屈んだ姿勢で、俺は前方を見据えた。
「なんか見える?」
 視力はゾロの方がいい。俺の目は強い日の光には弱く、舞い上がった砂で通常ほどではないにしろ、砂漠の日差しの下での視界は、周囲がどんどん暗がりを増すように見え難い。
「右」
 俺はコンパスに目を落とす。ゾロは右とか左とかで方角を示すので、こういったときに確認を怠るとあとで痛い目にあう。



 砂漠に入る手前で出会ったのは商隊のおかみだという中年の女だった。
 ひとつめのオアシスまで一緒に行かせてほしいという唐突な申し入れに最初は戸惑ったものの、引き受けたのは結局、二万ベリー、という金額に目が眩んだからだ。たいした額ではないが、二日間の同道だけならば軽い。荷物を持つから六万出せと言うと、おかみは苦々しい様子で顔を顰めながらも承知した。おかみの傍らには木車があり、その上には大きな荷物が乗っていた。それで砂上を行くのは不可能ではないだろうが、女ひとりの腕に余るのは目に見えていた。
「最近、ここいらには盗賊が出るんだ。南のオアシスを根城にしている連中で、タチが悪い」
 だから助かるよ、と言って、木車に載せていた麻の袋三つと、木箱をひとつ。それに背負っていた自分の手荷物を、俺とゾロにそれぞれ振り分けた。
「この荷物、ラクダ無しで砂漠を行くのは無謀だぜ」
 俺が言うと、おかみは「しょうがないんだよ」と溜息交じりに言った。
 荷物は町で仕入れた品で、薬や清潔な晒し木綿だと言った。それに村では手に入れられない粉や調味料。その他の生活雑貨が少し。
 おかみの住む村は小さく、人も少なく、交通も不便なところで、おかみの旦那は村でそういったものを扱う唯一の商人だった。
「先月の事さ。襲われて、ラクダも荷も、全部なくした。旦那は何とか助かったがキャラバンの何人かは死んだし、死なずにすんだ者もいつ動けるようになるかわからない」
 仕入れのルートを持っているのはおかみの旦那だけで、旦那が動けなければ自分がやるしかないのだと、おかみはとぎれとぎれにそう話した。
 まだ、風はそれほど強くはなかった。オアシスまでの道程は順調だった。
 砂漠の旅はラクダがなければ困難度は格段に増す。運べる水や食糧の量の減少と、一日に進める距離の短縮。一つ間違えばオアシスにたどり着く前に干からびる事になる。おかみはそう言って、俺達二人の軽装を暗に非難した。
 俺はシャツの上に黒い長衣を羽織って、さらに頭から白い布を纏い、額を留め、腰の位置に帯を巻きつけた、このあたりの砂漠民にはごく一般的な服装だ。
 ゾロは長袖の丈の長いシャツに長いズボン。頭と肩を布で覆い、腰には帯のかわりに緑の腹巻を巻いている。俺もゾロも丈夫な布袋をひとつ肩からさげているだけで他に荷物はない。
 ゾロの腹巻には刀が三本差してあって、そのうちの一本は和道一文字という名の、ゾロの宝だ。おかみは目聡く見て取り、「いい刀だね、いくらだい」と訊ねたが、ゾロは返事すら返さなかった。
 おかみは反応のないのを見てすぐに黙ったが、しばらくして、少し前に町で見かけたという、黒い刀の男の話をはじめた。
 俺達は、おかみが勝手に話すのを、ただ黙って聞いた。
 オアシスに着き、おかみから値切られて(想定内だったが)しぶしぶ五万ベリーを手にした。オアシスには若者が二人、おかみを迎えに来ていた。俺達は泉の側に座ってしばらく休んで、若者と、その丸い背中を見送った。
 事実かどうか知るすべはない。おかみの話はすでに知っていることを並べただけだった。いつのことかも、何を見たのかもあまり判然とせず、どこかで聞いた噂話を大きくしただけのようにも思われた。ただ黒い刀の事だけはひどく鮮明で、それだけは胸に強く残ったんだろう。
 黒い刀の男を、俺達は知っている。
 けれど、男がいったい何を成そうとしているのか。何を思って生きているのかなんて事は到底俺の知り得るところではないし、ゾロはわかっているのかもしれないがその事を口にした事はない。
 急激に喉が乾くような感じがした。口の中が干上がって舌が膨張して、痛むようになる。ゾロはずっと押し黙ったままだ。俺が焦れるくらいだから、ゾロの腹の中はきっともっとすごい事になっているだろう。
 風が一段と強さを増した。俺達はただ無言で、次のオアシスを目指して交互に足を動かしていた。ひと足ごとに砂が沈み、足取りは重くなった。砂漠はしばらくこりごりだな、と呟いたのに、ゾロは無言で頷いてよこした。やっぱり、俺が休みたがっている事をゾロはわかっているのだ。次に着く町では長逗留する事になるかもしれないという事を。良い町だといい。ゾロもそう思っているに違いない。

 ようやくオアシスに着いたころにはもう日が落ちていた。俺達は泉で水を汲んで顔と頭、手足を洗い、小さな集落の中に入った。
 集落には人の姿はなかった。というより、集落と思えたものは、屋根のある無人の建物が数件並んでいるだけの砂にまみれた廃墟だった。砂漠を行く者以外誰一人訪れる事などない。それとも過去にはここに暮らしたものもあったのだろうが。
 比較的崩れていない建物の一角にねぐらを定めて荷を解き、表に出ると、俺は火をおこして湯を沸かした。乾燥豆とドライソーセージのシチューを作る。ゾロがわずかな枯れ枝をかき集めてきたがあまり多くはなく、火は十分とは言い難かったが、何とか間に合った。
 俺はコックなので、こういうのはいつだって俺の仕事だ。自慢じゃないが、長い旅暮らしの中でも、俺ほど腕のあるやつにお目にかかることは稀だった。俺を育てたクソジジイが王室付きのコックだったこともあって、読み書きの練習をはじめるよりも先に包丁を握る事を覚え、以来ずっと腕を磨いてきた。コックであり続ける事は俺にとって、子供の頃から何よりも優先した。他の何をする気も、何になる気もなかった。
 オアシスの水には砂で濁り、少量だが塩が溶けていてあまり美味くはなかったが、煮炊きができるだけでも有難い。そして何より皮袋をいっぱいに満たす事ができる。俺達はここで一日過ごし、明日、日が沈んでから発とうと話し合った。
 風は夜半になってようやくやんで、今、空には星が見えている。降るような満天の星空だ。一番大きく燃える星は、あの北の大地でどう呼ばれていたのだったか。ジジイに教わったような気もするが、よく覚えていない。
 俺達は仰向けに寝転んで星空を眺めた。間近に迫るような星々が体内にこもる熱を吸い取っていくみたいだ。汗をかいた背中が冷え始め、布地が少し湿ってきていた。
「ゾロ、体も拭くか?」
「拭いたってまた砂にまみれるだけだろ」
「そうだけど」
 俺は体を起こすと、腰を浮かせてゾロににじり寄る。
「なんだ」
「風邪ひくなよ」
「誰に言ってんだ」
「おまえ」
 寝ているゾロの肩に手を回して引き寄せる。ゾロからは汗と乾いた埃の匂いがした。ゾロは右手を頭の下に置いて横向きになって、俺の腕に促されるままに、胸のあたりに額を押し付けてくる。そして温かな溜息をつきながら言う。
「寒いのか?」
「ばーか。お前が寒くないようにだ」
 俺は笑い混じりにそう答えた。
「俺は寒くねえ」
「これから冷えるだろ」
 砂を吸い込まないように慎重に呼吸をする。ゾロの瞼の上にさらさらと落ちかかる砂を、俺はひとさし指でそっと払った。ゾロが目を開けて俺を見る。奥の方まで透き通るように月の光を映す綺麗な瞳。喉に蓋をされたみたいに胸がつまって息が苦しくて、少し視線をはずすと、ゾロはまた目を閉じた。そしてふう、と鼻から大きく息を吐き、もぞもぞと居心地がわるい様子で姿勢を変える。
 俺は溜息をつき、ゾロの額をそっと撫ぜた。ゾロが体を起こして、ぶる、と頭を振って砂を払う。つられて起きあがり、俺は建物の方へと目配せした。ゾロはこくりと頷いた。
 月が砂を染め上げて表面が青白く光っている。まるで雪原のようだと俺は思った。泉の水がゆらゆらと波うつのは静かに風が吹いているからだ。夜は静寂をあますところなくゆきわたらせ、何ひとつ遮るもののない茫漠とした砂の海は、望むままに、熱を空へと放っていた。

 建物の中に入って横になり、予備のマントを体にかけ、覆い被さって一緒に巻きこむようにしてやると、ゾロは俺の顎の下に頭を潜らせて丸くなる。寒いところで眠るいつもの格好だ。ずっと昔から変わらない。俺はそれを見届けた後、ゾロから少し遅れて目を閉じた。瞼の裏に月の光が青く染みとおってくる。俺は抱きこむ腕を強くした。ゾロが大切だった。今まで刻み続けた道程について思えばめまいがするほどに。
 翌朝目覚めると、俺達は干し肉と固いパンの食事をとって、日中はずっと、皮袋の水を少しずつ飲みながら日陰で過ごした。じりじりと焦げるような熱に燻られ、汗はとめどなく流れた。体のうちに取り込んだ水分はすぐに蒸発し、体の表面の温度をわずかに下げる。だからといって涼しさなどまったく感じられない。俺もゾロも苛々としながら座っていた。
「次の町まであとどれくらいだ」
「出来れば夜明けには着きてえ。日が翳ってきたら出発しようぜ」
「オアシスはもうねえのか」
「真っ直ぐ南にあるらしいけど、盗賊の根城だろ?あんまり近寄りたくねえから、逆側に抜けよう。ちょっと遠回りだけどどれだけも変わらねえよ」
「……そいつら、賞金どんくれえだ?」
「……あー…、かかってるかも知れねえがなあ…」
 ゾロがにやりと唇をゆがめたのがわかって、俺は溜息が漏れるのを押さえられなかった。賞金が得られれば、次の町で暮らすための諸々の手続きに関する苦労が半減するのはわかっている。それはそれで助かるし有難い。
 だがそれは同時に、ゾロの名前がそういう胡散臭い連中の間に知れ渡ってしまう事を意味していた。この前にいた国でも事実そうだった。反対にこっちが追われるような目にも、何度もあった。
「いいじゃねえか別に。ほっとけ。金ならたぶん何とかなるぜ?」
「迂回ってのが気にいらねえ」
「そりゃ俺も気にいらねえけどよ。面倒を避けるってのはこの際賢い事だと思ったりもするわけよ」
 俺の言葉に納得したわけではないだろうが、ゾロは一度黙って、砂の彼方を遠く眺めるように目を眇めた。
 空は青く、今日は風もない。ゆらゆらと砂から立ち上る熱を身に受け、体中が燃えるようだ。風。風か。無ければ無いでもどかしいものだ。
 俺達は午後遅くにオアシスを出発した。目の前にある大きな山を斜めに突っ切るように南西に進路を取る。
 すぐに日が落ち始めた。砂漠の落日はたとえようの無い美しさで俺を魅了した。だんだんと赤味を増す地平線のゆらめきは、光の中にその境界を曖昧にする。太陽を中心に放射された色がやがて青味を帯び、紫に染まった砂の山がやがて真黒な影になって、藍色の天頂に星が瞬き始める。俺はしばらく言葉をなくして突っ立ったままそれを見ていた。ゾロも隣に立って眺めていた。
 こんな時、俺はたいてい今まで置き去りにしてきた時間と距離について考える。まったく俺達はなんて遠くまで旅をしてきたんだろう。長い時間をかけて、いつの間にかこんな砂漠の国までも。
 遥か彼方に翼をはためかす黒い鳥の姿が小さく見えた。この広大な砂漠の中では、俺たち二人の姿なんか、あの鳥とだって変わらない。
「すげえな」
「…ああ」
 太陽はひとつなのに、見上げる土地でそれぞれ輝きが異なるのはいったい何故なんだろう。俺達の国で見た太陽はどんな色をしていた?もう思い出せない。俺は一服のつもりで煙草を咥え、火をつけた。
 ゾロは多分、まだ賞金のことを考えている。ときどき瞬いて遠くへ送る視線に、俺はそう思った。だが俺にはその気はなかった。べつに恐れたりはしない。ただゾロの剣を、なるべくならそういうものと切り離しておきたいと思う。それが俺のエゴだって事も知った上でそう願う。
 どんな使い方だろうが、使い手がゾロである限り、その剣は潔く荒々しく真っ直ぐであることだろう。そしてそれは力の剣だ。ゾロが剣を向ける相手には良いとか悪いとかはない。あるのは、自分より強いか弱いか。そして、相手を気に入るか入らないか。それだけだ。行く手を塞ぐなら先へ進むために排除する対象として、盗賊に関しては多分、邪魔だ、くらいは思っている。その辺は俺も似たところがあるからわかる。
 旅の荷を狙う悪党だ。でもそれだけじゃ剣を向ける理由としては弱い。盗賊にも盗賊なりの生活やなんやがあって(もちろんそれで強奪が肯定されるわけはないが)、例えば根城に戻れば五人の奥方に二十人の子供を養っていたりなんかするかもしれない。そういった事を考え出せばきりがない。
 だが、目の前に被害にあった人がいて、多少なりとも関わった。もし今後偶然にでもかち合うようなことがあったら、ゾロを止める理由は俺にだってない。むしろ積極的に参戦するだろう。だからまあ、出来るだけそういう事態にならないよう願うばかりだ。
 じきに夜がやって来た。熱は一気に放出されて、足元からしんしんと冷えていく。昼間とは打って変わった剥き出しの冷感が、俺達から何もかも奪っていくみたいだ。まったく身を隠す事も出来ずただ奪われるばかり。いつだってそうだった。
「さむいな」
 俺はゾロの左手をぎゅっと握った。ゾロが強く握り返してきた。温かかった。そのまま肘ごと絡めると、触れる面積が増えた分熱が伝わってくる。そのまま夜通し歩きつづけた。ゾロはずっと黙っていた。
 オアシスだ、とゾロが言ったのは、それからどれくらいたった頃だったか。東の空の端はまだ暗く、青い月の光が砂の世界の底辺に漂う靄を薄く浮かび上がらせる。惰性で動く足は爪先が少し痛んで、休息を欲していた。南のオアシスらしき黒いかたまりの影が地平線にぽつんと見える。ゾロはしばらく立ち止まってそこを見て、それから俺を振り返った。
「そこで俺見るの、やめろ」
 うんざりしながら言うと、ゾロは顔を顰めて、てめえ最近妙に分別くせえな、と言った。聞き捨てならない。俺が分別くさくなっちまったとしたら、そりゃいったい誰のせいだと思ってんだ。面白おかしくやれるほど俺達に余裕があったなら、今二人っきりでこんなふうに砂漠の真ん中に立ちつくしちゃいねえだろう?
「お前まだ、あの頃と同じガキか」
 ゾロはぺろりと唇をなめて、皮袋の水を一口含んだ。
 何もかも足りなかった五年前の子供の姿はそこにはない。俺は溜息をついて、なけなしの最後の抵抗を試みる。
「夜襲だ。一気にけりをつける」
 敵の数も知らないで何を言い出すんだこいつは。
「ばあか。まず周りの様子を見てからだ。当然夜番がいるだろ。位置と数を確認しねえと」
 ぷっと吸いさしの煙草を砂に吐き出して、俺が進み出て隣に立つと、ゾロはむっとして口をへの字に結んだ。お前こそあの頃と同じじゃねえかと、俺はこみあげる笑いに肩を揺らした。ゾロは気付いていたが、不機嫌そうに顔をそむけただけだった。
「どうする。二手に分かれるか、山側から回り込むか。手薄なところを突破するか」
「……やめた」
 しばらく無言でオアシスを睨んでいたゾロが、不意にそう言った。
「は?」
 ぽかんと口を開けた俺を無視して右に九十度折れると、ゾロはすたすたと真っ直ぐ歩き出した。何でそこで曲がるんだこのクソマリモ(ゾロは緑色の髪を短く刈っているので後ろから見ると頭が真ん丸なのだ)は。テンテンと足型にへこんだ砂の後を慌てて追いかけて、俺はゾロの上着の真ん中を引っ張った。
「どっちへ行くんだどっちへ。町は星の方角だっつったろ」
 言いながら右手で一番大きな星を指差す。ゾロは振り返ってすっと顎を上げて見上げ、ああそうか、と言った。
 何故だかわからないがまあ良かった。人を分別くさいのなんのと言っておきながら、いきなりゾロの中にそれが芽生えたんだろうか。それはそれで喜ばしい事だと俺はほくほくで、オアシスを挟んで山を迂回しながら、頭の中は町についたあとの暮らしの事でいっぱいだった。ゾロが何を考えているかなんて、気にもしなかった。
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