19.飛ばない鳥

 キウイの卵ってどんな味なんだろう、とサンジが呟いた。
 あの希少な鳥を、しかも卵を食おうなんて、まったく罰当たりな事を考える男だ。
 キウイだけにキウイ味、とかなんとか、くだらない事をぶつぶつ言っているのを聞くともなしに聞いていたゾロは、ソファの上に、ごろんと仰向けに横たわった。ため息の中の静寂にやわらかな光の粒が降りてくる。
「聞いてる?」
「聞こえてる」
 雨が降り続いたあとの、ようやくの薄明るい控えめな晴れ間に、表の緑は匂やかな青みをわずかに漂わせている。空気はひんやりと清浄だ。
 サンジは窓際に寝転び、薄白い外の光に顔を晒している。ゾロがわずかに目線で探ると、光をはらんだ金髪がいつに無く白く見えた。
 キウイはなんで飛べないんだろ。足は速えのか?ダチョウみたいにさ。昔はもっとでかかったみたいだよ。そうしたらきっと食いでがあっただろうな。だから数が減っちまったのかも知れねえよな、食用にされたりしてさ。サンジのつぶやきはやまない。
 キウイか。ゾロはぺろりと上唇を舐めた。

 金曜の夜、例のごとく残業とつきあいとで遅くなったゾロがマンションのドアを開けると、隙間から光が漏れ出した。足許にかかる明るみに不意をつかれて目線をあげると、目の前にエプロン姿でにやつくサンジの姿があった。金曜の夜にだ。珍しいこともあるものだと思いそう口にすると、同僚にシフトの交換を頼まれ、早めに帰宅したのだと平坦な声が返ってきた。おまけに明日は午後出なので、中途半端に時間が空いたと唇を尖らせている。
 連絡をくれていたら酒の誘いは断っただろうか。ゾロの胸の片隅にちらりと何かが瞬いたが、一瞬のことだ。あえて思考せず、記憶の底にその思いはしまいこんだ。
「風呂入れば」
「ああ。で、おめえはエプロンつけて何やってんだよ」
「ん、だから中途半端で、暇でさ」
 なら連絡をすればよかったのにとまた同じような事を考えそうになって、ゾロは慌てて肺にぐっと力を込めた。サンジは肩をすくめて片頬でにやりと笑い、ゾロを風呂場へと促した。
「冷蔵庫に冷やしてある。風呂上りはビールじゃなくて冷たいデザートだ」
 デザートはキウイのジェラートだった。

 昨日のアイスまだあるぜ、とサンジが思い出したように言ったが、ゾロは首を横に振った。サンジは体を起こして床に胡坐をかき、煙草をくわえる。
「キウイ、見たことある?」
「さあ、あったかな」
「俺、ない。動物園に行けば見れるのか?」
「じゃねえの?」
 ふうん、とさして興味のない様子で煙草に火をつけ、サンジは又外に顔を向けた。
「キウイの卵って、体のサイズに似合わないでかさなんだってさ」
「へえ」
「だから、卵産むの大変だって、なんかで読んだことがある」
 なんとなく、キウイの卵はくだもののキウイのようなものを想像していた。形も、サイズも。考えてみればそんなはずは無い。
 体の内側にある不釣合いなほど大きなもの。
 それを抱えたまま息絶える程の苦しみに耐える鳥は、大地を這うようにして穴倉で生きる、飛ばない鳥だ。
 ゾロはそっと自らの鳩尾辺りを撫ぜ、そこに抱えた痛みについて想像した。
「そんな大事なもん、おめえ、食うとか言ってんじゃねえ」
「食わねえよ、当たり前だろ」
「そもそもなんでそんな話になってんだ」
「昨日キウイむきながら考えてた」
「あほだな」
「どうしてそんな卵になっちまったのかなって」
 ちょうどいい大きさってあるだろう何事にも、とサンジはよく意味のわからない事を呟いて、一度ゾロに視線を戻し、また、窓の方を向いた。