10.時代遅れ

 家に戻るとゾロが眠っていた。時計を見ると深夜二時を過ぎている。明日は休みだったが、いつもより少し遅くなった。
 レストランでコックをしているサンジの休みは定休日の月曜だけだ。前日はほとんど出かけて、帰宅はだいたい深夜になる。彼女が、休みの日くらいは出来るだけ一緒に居て欲しいと言うからだ。だがOLの彼女は翌日がほぼ仕事なので、朝まで一緒に居られるのはごく稀だ。
 カーテンが開いているので、遠くのネオンがものの形にそって時々瞬いているのが正面に見える。サンジは溜息をついた。ゾロの規則正しい深い寝息が、薄明かりの空間にひっそりと聞こえている。
 照明をつけないまま窓の前に立ち、カーテンをゆっくりとひく。さあっという軽やかな音がして、闇が少し濃くなった。
 ゾロの休みは土日で、つまり、今日は休みで明日は仕事だ。何をしていたのかは知らないが、明日の出勤に備えて、今晩はここにやってきたのだろう。
 ゾロは三日とあけずにサンジのマンションを訪れる。自分の住処からだと会社が遠いというのだ。支店の異動があったのは三ヶ月くらい前だったから、そうなったのもそれ以降のことだ。鍵を渡してからは、まるで自分の家のように気ままに出入りしている。
 ということは、もう三ヶ月も、女性を部屋に招いていないということだ。サンジは空(くう)を見つめた。そんなゾロを許している自分も大概どうかしていると思った。
 ソファに腰掛けて背もたれに頭を乗せ、大口を開けて寝ている友人を立ったまま見下ろす。手を伸ばし、そのなめらかな額をぺしんと叩いてやると、ゾロは一瞬ぎゅっと眉根を寄せた。しかし目は開けず、かわりに右手を挙げて刺激のあった辺りを手の甲で擦った。サンジはその様子をちらっと見て、俯く。
 すると、テーブルの上に置かれた青いナイロンの袋が目に入った。近くのレンタルビデオ店のものだ。サンジは随分行っていなかったが、ゾロはいつの間にか会員になっていたらしい。中を見ると、中身のあるものと無いものが一本づつ。一本は当然デッキの中だろう。
 なんだか心がもやもやする。胸が詰まるような感じがして、重たい息が唇から漏れた。
「風呂に入るか…」
 踵を返しかけたところで、いきなり足をつかまれた。びくっとして振り返ると、ゾロが不機嫌そうな眼差しを、どうにか開けた瞼の隙間から投げかけている。
「なんだよ」
「……デッキ」
「あ?」
 寝起きの声だ。仰向けになっているのでうまく喉が開かず、低くかすれている。
「壊れた。テープ出てこねえ…」
「ああ?」
 サンジはビデオデッキを見た。電源の入っていないそれは暗い部屋で静かにそこに佇んで、不思議な存在感があった。入れると、ウイン、と起動音がしたが、確かに取り出しボタンには反応が無い。
「な?」
「あほ、てめえが壊したんだろ」
 かん、と機械の側面を叩いてみたが、やはり何の反応も無い。
「どうでもいいけど、テープって弁償すんのか?」
「俺が知るかよ」
「お前のビデオがぼろいからだろ」
「うるせえ」
 壊れたらハードディスクの録画再生機を買おうと思っていたのだ。そういうと、ゾロが時代遅れめと言った。
「もういいや。眠ィ。風呂入る」
 サンジはひとつ大きな欠伸をして、キッチンの向うにある浴室へ向かう。
「そんでよ」
「あ?」
 まだ何かあるのか。サンジは足を止めずにドアに手をかける。
「代わりにと思って、ちょっと帰って俺のヤツ持ってきた」
 そう言って指差した先に、古びた黒い塊が置いてある。サンジは絶句し、またしばらくビデオかよ、とぼそりと呟いて、ゾロの方は見ずにドアの向うへ消えた。
 どんな顔をしていいかわからなかったのだ。