04.路地裏

 思ったような音が鳴らなかったので、サンジは舌打ちした。
 足元に残る痺れは、蹴り上げた壁のコンクリートの硬さを物語る。無意味に惨めさばかりが募り、サンジはもう一度、今度は靴先だけで、こん、と蹴った。
(なんだよ)
 いつだって嫌味なくらい涼しい顔をして。
(……結局うまくやってんじゃねえか)
 関係ないことは承知の上で、なおもこんなに苛立ってしまうのは、ゾロがいつも曖昧な受け答えしかせずに核心を暈していたからだ。
 取引先の女だって言ってたくせに。
 付き合っているなんて一度も言わなかった。毎晩人の部屋に当たり前のように帰ってきて飯を食って、それでいて女が居るってのは、いったいどういうことだ。
 サンジは自分が何故怒るのかをちゃんと知っていた。怒って当然のはずだ。だが頭の片隅に冷えた部分は存在していて、それは違うと囁いている。密やかではあったが、ずっとやまずに繰り返す声。何故これほどまでに腹をたてているのかちゃんと考えろ。なにか間違っちゃいないか。
 友人なら、ふつう、喜ぶ。
 いや、待て待て、そうじゃない。なぜなら、悔しいことにいい女だったのだ。
 笑って付き合っていると言われたとして、それに笑って返せるかどうか、疑問なくらいだ。
 大人っぽくて、ゾロにはもったいないくらいの。いや、違う。ゾロにはあれくらいじゃないと釣り合わない。
 一体どっちだ。
(なんだって、俺はこんなに……)
「あーあ……」
 サンジは考えるのをやめた。どう理由をつけようと、今この胸の中に広がる薄暗い感情は消えはしない。さらに、なぜそんなものを抱える羽目になるのかを知るのは良くない。と、本能が逃げた。

 最近は路上で安易に煙草に火をつけるわけにもいかず、サンジは胸元に突っ込んだ手を、舌打ちとともに取り出す。大きく息を吐き出し、路地裏の薄暗い看板が連なる真下を、ふらふらと先へ進んだ。
 たぶん、今日は戻ってこない。
「どっかにいい女いねえかなァ……」
 ドア向こうから聞こえた嬌声にふらりと肩を傾ける。ドアを押すと、声は一段と高くなった。
 誰でもいいから、誰かに、これを拭い去って欲しいと思った。
 誰でもいいから。