01.着信履歴

 ああ、鍵を渡しておくんだった。

 彼女の白い腕にそっと触れながら見た携帯には、「着信あり 四件」とある。
視線をそっとずらし、窓を見た。ぽつぽつとガラスに散らばる水滴のつるりとした球面が、室内の暗い照明を受けてわずかに光る。何時ごろから降っていたんだろう。それほど大降りではないようだが。
 最後の着信からすでに一時間たっていた。折り返しの電話がなければ諦めてどうにかするだろう。子供じゃないのだ。ましてや、深夜近い時間帯とはいえ夜道の心配を必要とするような相手でも無く…。
「どうしたの?」
 艶やかな声が耳元で囁いて、かかった息にサンジは喉を鳴らした。
「なんでもない」
 笑顔でそう答えると、彼女は唇の両端を綺麗に持ち上げ、下から抱き寄せるようにサンジの首に両腕をまきつける。サンジはその背中をささえるように腕を回した。折れそうに細いそれを、壊さないように気をつけながら、そっと。
 もしあいつが電話を待っていたらどうしよう。
 心臓は遠くから忍び寄るような間隔で、少しづつ強く打ち始める。高鳴るとかときめくとかそういう、慣れた彼女との逢瀬では久しく感じなくなっていたものものとは混同のしようもなく、サンジは彼女の髪に鼻先を埋めながら気付かれないように鼻筋に皺を寄せた。
 四回、鳴らした。
 最初は五分後。さらに五分後、最後のは、それから三十分後だ。
どこから?そして、何を見ながら?傘を差して、肩を丸めて、あの無骨な手で小さなボタンをポツポツ押す姿を思い浮かべたらなんだかたまらなくなった。
ベッドに沈み込みながら、彼女の匂いでいっぱいになりながら、サンジはどこか上の空な自分を自覚する。

 ああ、あいつちゃんとメシ食ったのかな。