湯気と鏡

 くぐもった声が水滴を大量に滑らせるタイルの壁に弾かれ、ゾロはその反響にいたたまれず目を閉じる。耳を塞ぐべき腕はサンジに押さえつけられて、開かれたままの鼓膜にはその音は容赦がない。
 振りほどけないのはサンジの舌がゾロの口腔を巧みに犯して、それをさせないからだ。力では勝るはずであったが、全裸であるという事実はゾロの反抗心を簡単に減殺した。対して着衣のままのサンジは、ただ、それを奪うだけだ。流れるままのシャワーの音も反響に手を貸すばかりで、何一つ遮らない。
「ゾロ、ゾロ、ねえ、ぬがせてよ」
 サンジの手がゾロの下半身に伸びる。ゾロはサンジの上着に手をかけた。濡れて貼りついた上着は滑らず、ゾロはシャツのボタンをはずして二枚をひといきに剥ぎ取り、その肩に額を預けた。
 サンジはゾロの表情を見る。小さく睫を震わせ、眉根を寄せ、目元を羞恥に染めている。受け入れているのか諦めているのか、こうも簡単に許す男だったか。肌を弄れば腕を巻きつけて、下半身を擦り合わせれば同じように反応を返す。声はない。せわしない呼吸だけが狭いバスルームの天井に向かって上昇していく。
 ゾロは酸素を求めて苦しそうに上向いた。サンジはそれを追いかけてまた塞ぎ、喉から胸元へと指を這わせ、そのままさらに後ろの隙間へと伸ばした。
「はっ、…あ」
 ゾロは体を支え切れずがくがくと背中を曲げて声を出し、腕を伸ばしてサンジの頭を抱えるように上から縋った。
「なあ、俺のことキライか?なあ、ゾロ」
 傷に舌を這わせると、ゾロは内側から震えた。
「ゾロ」
「う、あ…」
 何も見ないように耐えているのか、その瞳はずっと閉じたままで、サンジは堪えきれなかった己の衝動を少しだけ恨んだ。ゾロは流されているだけだ。それでもいいと思った。むしろ、そのほうがいいと思った。
 二人で吐き出したものがゆっくりと排水溝に流れて行くのを見て、サンジは俯き、肩を落とす。荒い息で声が出せない振りをした。
「ばか野郎…」
 ゾロが溜め息まじりに言った。声は掠れていた。ゆっくり顔をあげると、半分瞼を落として疲れたような、投げやりな顔をしていた。はじめて見る顔だった。
「この欲求不満」
「簡単にいうね」
「簡単なのはてめえの頭だエロコック」
「簡単じゃねえよ。複雑でわけわかんなくて俺ァもうどうにかなりそうだ」
「どこが」
「助けろよ」
 ゾロの胸に頭をあずけて、サンジは目を閉じ深く息を吸い込む。
「そんな義理はねえよ」
「なんでだよ。お前だって苦しいだろ?嫌だったかよ。嫌なら抵抗できただろ。本気で抵抗されたら俺じゃ押さえこめねえよ」
「……」
 ゾロはずるずると背中を滑らせ、湯船に座り込む。サンジはそれにつられてすべりながら膝をついた。ゾロの胸に額を押し当てたまま、開いた脚の間に割り込む。出っ放しだったシャワーのお湯が二人の頭上に降りかかった。
「ときどき…」
 ゾロの腹に唇を押し当てながら呟いた。
「ときどきでいいから、こうやって」
 ゾロはサンジの髪に指をくぐらせて根元を握り、力をこめた。指は震えていた。
「触らせてよ。それくらいいいだろ」
 吐かれた息は了承か、それとも諦めなのか。ゾロが心から拒まないことをサンジは知った。見せない顔で、こっそりと笑った。言い訳は全部、かぶってやるつもりで。
(2001/11/14)
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