Week end

 「あ、俺、週末いねえから」
 サンジが作って持ってきた肉まんを頬張りながら、ゾロがたった今思い出したように言った。
「あ、…そう。何?旅行?」
「まあ、そんなもん」
「へえ」
 深く追求はしない。ただ、話してくれないかな、とは思う。けれど、ゾロはそれでその話題は終ったとばかりに、咥えていた肉まんを全部頬張り両方の頬を膨らませている。サンジは長い前髪の隙間から、上目遣いにゾロを見やり、視線を落として気付かれない様に溜息をついた。
 言えるわけがない、話してくれなどと。
 ゾロにとって自分は時々メシを運んでくる隣人程度でしかない。少しだけ自惚れが許されるなら、それを喜んでくれているとは思う。歓迎されている事はわかるからだ。
 サンジが食事を作ってこの部屋にやってくると、ゾロは当たり前のように酒を出してきて、適当にふたりで話しながら深夜遅くまで飲んだりする。そういうことが最近はサンジの生活の中で日常のこととなってきていて、それゆえ歯痒く思うのだ。
 例えば、明日にでもゾロが、自分が、引っ越すということになったなら、お互いに一応連絡先ぐらいは教えるだろう。また逢おうなくらいは言うだろう。けれど、ゾロからは連絡はしてこないような気がする、という卑屈で捻くれた感情と同根のような、裏返しのような、とにかくまっすぐに進めないもどかしさみたいなものが常にあって、そういうことをあえて考えてみたときに胸の中に生まれる引き攣れが何を意味するのかと思い、サンジは考え込んでしまうのだ。
 独占欲とか、依存とか、そういった言葉が脳裏に浮かんでは消えていく。
 自分の知らないゾロ。自分の知らないところで誰かに笑ってみせるゾロ。当たり前の事なのに、それが。
「おい?」
 ぼんやりと床を見つめていたらゾロの声がかかり、サンジはびくりとして顔をあげた。
「これ食っちまっていいか?」
 溜息が出た。本当にこれだけなのか俺は、と。けれどもう一方では浮き立つような喜びがあって、どうしてもそっちの気持ちの方が勝るのだ。
「ああ、食えよ。クソうまかったろ?また作ってやるよ」
「お前、すげえな。こういうの作れて」
 ゾロは最後の一個になった肉まんを齧りながら言う。もごもごと口の中に入れたまま話すので聞き取りづらくて笑った。
「は?普通だぜ、料理人ならこれくらい」
 そう答えながらタバコを取り出して火をつける。
 きわめて軽く言い放つその言葉に、ゾロは少し顔を顰める。口の中のものを呑みこんで酒をぐいと煽り、言う。
「当たり前なんて思ってねえんだ。手間だってかかるだろ?なんか…こういうのってよ…」
 そこまで言ってゾロは口篭もり、目線を斜めに泳がせながら言いにくそうに口元を引き結ぶ。
 ゾロが言いよどんだその先を想像して、サンジは胸に抱えていた氷の塊みたいなものが解けていくのを感じた。突然風が吹いて空気が変わって、視界が明瞭になったかのようなその感覚。
 こいつも同じだ。馬鹿だ。踏みこめなくて遠慮して、近くにいるのにお互い一番遠いと思っている俺達は。相変わらずお互いのことなど何も知らないでいる俺達は。
 サンジは煙草を灰皿に押しつけて、すっかり煙を吐き出してからぽつりと呟いた。
「週末、どこ行くんだよ?」
「どこだって良いだろ」
「良くねえ。聞きてえんだ。教えろよ。言わないとかえってしつこいぜ、俺は」
 お前に言う必要はない、なんて言わねえよな、ゾロ?
 サンジは笑って促す。ゾロはなんでそんなことが聞きたいんだ、という気持ちをあからさまに表情に出して面倒くさそうに言った。
「親戚ん家に行くだけだよ。日曜の夕方には帰ってくる」
 サンジは少し訝りながらも、まあいいか、と思う。引き際は心得ておかなくてはならない。
「ふうん。俺、日曜は早番だからたまには外で飯でも食わねえ?」
 サンジの突然のそんな言葉がゾロには相当意外だったのか、目を丸くして驚いている。鳩が豆鉄砲を食らったような…という表現を思い出して、サンジは頭の中で呟いてみた。
「いいけど。なんでだ?」
「なんでって…いいだろ、たまには」
 ゾロはなにか腑に落ちないという顔をしていたが、もともといつもサンジに食べさせてもらっているのを悪いと思っていたのだしと笑って、わかったと頷いた。
 サンジは掌にかいた汗をそっとズボンの脇で拭った。
アパートシリーズ5.5(2001/9/25)
2001.9.23発行(文庫版/2003.5.3)
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