ターコイズブルー
あれはクリスマスを前に、お店の忙しさも日に日に増して、店長やフロア主任が売上に目くじらを立てていた頃だった。
私はたかがバイトでこんなにへとへとになっていていいのかしらと、思い始めていた。ゾロがサンジと付き合い始めた事も、その気持ちに拍車をかけていたように思う。
意地になって、ゾロに対する態度は変えなかった。ゾロはどう思っていたのか今となってはわからないけれど、少なくとも無理に私に合せようとはしていなかった。
ただ、ゾロはいつも鷹揚で自然体だから、本当の奥底を覗くことは難しい。許されているのか、興味が無いのかはかりがたいところがあって、きっとサンジも苦労しているだろうと思っていた。
男同士の恋愛、ということに関してはあまり詳しい事を知らなかったので、興味を持っていろいろと調べたりした。おそらく通り一遍の知識だけならあの二人よりもよほど、詳しいはずだ。
サンジに対して憎いとか、そういう気持ちは不思議と無かった。ゾロの事が好きだと思っていた私は、実はもっと、違うところであの男と関わっていたかったのかと、かえって自分の内部に新たな発見をして、それで、あの二人と不自然に距離を取るような事をせずに済んだ。
ゾロに対しての気持ちは、一言では言えない。なぜなら、一番大きな部分を占める気持ちが「心配」だからだ。私は母親ではないのだから、こんなことをあの男に言えばきっと怒り出すに違いない。けれど、そうなのだ。
それと同じように、「安心」の気持ちがある。まるで父親に対するようなそれは、およそ同年代の男に対して抱く気持ちには似つかわしくないはずだ。
そんな分析なんて、友人間でするものじゃない。たとえ男の恋人がいても、私にとってゾロが大切な友人であることにかわりはない。絶対に失いたくない、大切な大切な友人だ。
相手がサンジでなければどうだっただろう?
そのクリスマス前の頃まではまだ、二人の関係について容認してはいても、納得していたとは云い難い。
きっかけならあった。今思い返してみれば、言葉ではなく実感でき、二人と変わらずいられるのだと思えるような、そんな光景を目にした事がことが、あったのだ。
その日、私はバイトには出ていなかった。学校が終った後友人と食事をしてから別れ、帰路につくべく、南口から北口へ駅ビルの中を通りぬけようと階段を昇った。
前方のエスカレーター前で、白い杖をついた五十がらみの女性が、杖を左右に大きく振っていた。
エスカレーターに乗ろうとして、その乗り口を探しているのだと思った。
彼女の後ろからエスカレーターに乗ろうとしている人々は迷惑そうに足をゆるめて、杖にあたらないように避けて歩いたりしていた。私は近寄って、彼女に声をかけようと足を速めた。
すると、前方に反対側からやってきたゾロの姿が見えた。わりと長身で緑色の頭だから、目立つ。横にサンジがいた。彼らはバイトを終えてどこかに出かけるところらしく、その盲人の女性の目指すエスカレーターに近づいていった。
遠目だったが、ゾロがその女性の杖を持った方の腕をつかんだのが見えた。前もって声をかけたのかすら怪しい挙動だ。女性が何事か言って、するとゾロは反対側の手を取って、エスカレーターのベルトに触れさせた。
女性が頭を上下させて、お礼を言っているのがわかった。けれどゾロは、それに答えたのかどうか、あっさりとエスカレーターに乗って行ってしまい、なんてゾロらしい、と思って見ていると、後ろから上がっていったサンジがその女性に声をかけた。
多分、他に何かしてほしいことはあるかと、彼は言ったのだ。
サンジはそのまま足を進めて、ゾロの後ろに立ち、声をかけた様子だった。そして登りきると肩を並べて歩き始めた。
あの二人の並ぶ様を見て、私はわけのわからない嬉しさに胸をつかれた。とてもひとことでは言い表せない、不思議な幸福感だった。ほの明るい駅の照明の下で、体を駆け巡る暖かなそれを感じて、しばらく動く事が出来なかった。
そして、それから、とくに何事もない。今現在もそのままだ。私は相変わらずバイトにせいを出し、ゾロもサンジも同じように店に通ってきている。
端で見ていれば、ふたりの様子はほとんどかわり無い。知らなければ、私もずっと、二人の関係には気付かないままだったかもしれない。
けれど、変わったと思う部分もある。それはおそらく、あの、駅で見た光景にあるような行動の自然さの中に仄見える、ふとした時に小さく感じる程度のもので、そしてその変化は、二人にとって良い方向のものなのだろうと思う。
認めるとか認めないとか、そんなことはそれほど重大ではない。私は二人の事が変わらず好きだし、あの二人も、私を好きだ。二人が私を自然に受け入れてくれる限りは、私も二人を大好きでいられる。
以来ずっと、私はあの二人の妹で、姉で、友人で、そして女の恋人なのだ。
私はたかがバイトでこんなにへとへとになっていていいのかしらと、思い始めていた。ゾロがサンジと付き合い始めた事も、その気持ちに拍車をかけていたように思う。
意地になって、ゾロに対する態度は変えなかった。ゾロはどう思っていたのか今となってはわからないけれど、少なくとも無理に私に合せようとはしていなかった。
ただ、ゾロはいつも鷹揚で自然体だから、本当の奥底を覗くことは難しい。許されているのか、興味が無いのかはかりがたいところがあって、きっとサンジも苦労しているだろうと思っていた。
男同士の恋愛、ということに関してはあまり詳しい事を知らなかったので、興味を持っていろいろと調べたりした。おそらく通り一遍の知識だけならあの二人よりもよほど、詳しいはずだ。
サンジに対して憎いとか、そういう気持ちは不思議と無かった。ゾロの事が好きだと思っていた私は、実はもっと、違うところであの男と関わっていたかったのかと、かえって自分の内部に新たな発見をして、それで、あの二人と不自然に距離を取るような事をせずに済んだ。
ゾロに対しての気持ちは、一言では言えない。なぜなら、一番大きな部分を占める気持ちが「心配」だからだ。私は母親ではないのだから、こんなことをあの男に言えばきっと怒り出すに違いない。けれど、そうなのだ。
それと同じように、「安心」の気持ちがある。まるで父親に対するようなそれは、およそ同年代の男に対して抱く気持ちには似つかわしくないはずだ。
そんな分析なんて、友人間でするものじゃない。たとえ男の恋人がいても、私にとってゾロが大切な友人であることにかわりはない。絶対に失いたくない、大切な大切な友人だ。
相手がサンジでなければどうだっただろう?
そのクリスマス前の頃まではまだ、二人の関係について容認してはいても、納得していたとは云い難い。
きっかけならあった。今思い返してみれば、言葉ではなく実感でき、二人と変わらずいられるのだと思えるような、そんな光景を目にした事がことが、あったのだ。
その日、私はバイトには出ていなかった。学校が終った後友人と食事をしてから別れ、帰路につくべく、南口から北口へ駅ビルの中を通りぬけようと階段を昇った。
前方のエスカレーター前で、白い杖をついた五十がらみの女性が、杖を左右に大きく振っていた。
エスカレーターに乗ろうとして、その乗り口を探しているのだと思った。
彼女の後ろからエスカレーターに乗ろうとしている人々は迷惑そうに足をゆるめて、杖にあたらないように避けて歩いたりしていた。私は近寄って、彼女に声をかけようと足を速めた。
すると、前方に反対側からやってきたゾロの姿が見えた。わりと長身で緑色の頭だから、目立つ。横にサンジがいた。彼らはバイトを終えてどこかに出かけるところらしく、その盲人の女性の目指すエスカレーターに近づいていった。
遠目だったが、ゾロがその女性の杖を持った方の腕をつかんだのが見えた。前もって声をかけたのかすら怪しい挙動だ。女性が何事か言って、するとゾロは反対側の手を取って、エスカレーターのベルトに触れさせた。
女性が頭を上下させて、お礼を言っているのがわかった。けれどゾロは、それに答えたのかどうか、あっさりとエスカレーターに乗って行ってしまい、なんてゾロらしい、と思って見ていると、後ろから上がっていったサンジがその女性に声をかけた。
多分、他に何かしてほしいことはあるかと、彼は言ったのだ。
サンジはそのまま足を進めて、ゾロの後ろに立ち、声をかけた様子だった。そして登りきると肩を並べて歩き始めた。
あの二人の並ぶ様を見て、私はわけのわからない嬉しさに胸をつかれた。とてもひとことでは言い表せない、不思議な幸福感だった。ほの明るい駅の照明の下で、体を駆け巡る暖かなそれを感じて、しばらく動く事が出来なかった。
そして、それから、とくに何事もない。今現在もそのままだ。私は相変わらずバイトにせいを出し、ゾロもサンジも同じように店に通ってきている。
端で見ていれば、ふたりの様子はほとんどかわり無い。知らなければ、私もずっと、二人の関係には気付かないままだったかもしれない。
けれど、変わったと思う部分もある。それはおそらく、あの、駅で見た光景にあるような行動の自然さの中に仄見える、ふとした時に小さく感じる程度のもので、そしてその変化は、二人にとって良い方向のものなのだろうと思う。
認めるとか認めないとか、そんなことはそれほど重大ではない。私は二人の事が変わらず好きだし、あの二人も、私を好きだ。二人が私を自然に受け入れてくれる限りは、私も二人を大好きでいられる。
以来ずっと、私はあの二人の妹で、姉で、友人で、そして女の恋人なのだ。
2002.3.17発行「お誕生日本・2」収録(文庫版/2004.5.2)
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