隙間から赤

 遠くを見るような目をして背中を向けながら、体の一部だけは触れている。
 そういう感覚で隣にいさえすれば、いつか自然に変化していくのじゃないかと思っていた。
 頭の中でぴんと張った紙を叩き破るような華やかな音がした。そんな瞬間があったのだ。
 たとえば薄衣に水が染みわたるような、そういう、しみじみとしたものじゃなかった。
 ある日突然、何かが切り替わって目の前にさっと別な色が広がるような。そういう感じがして、ふと隣にいるゾロを見てみたらもう、まともに目を合わせることもできなくなっていた。
 恋心と自覚したのはごく最近のことだ。
「言ったじゃねえか、好きだって」
 シーツに顔を半分隠したゾロが、かすれた声でなにか言った。
「なに?聞こえねえ」
 口元に耳を寄せると右側から髪を力いっぱいつかまれ、逆側に引き倒された。ベッドに軽く跳ね返されながら、サンジは短く悲鳴を上げる。明け方の格納庫に弱々しい残響。
「ふざけ、んな」
 そう言って目を閉じ、シーツに頭をこすり付けたゾロは空を仰ぐ望みを彼方に捨て去ったような顔をしていた。なぜと思い、サンジはいざって近づきながら手を伸ばした。ほほのラインをたどり、そこへ唇を近づける。すぐにゾロの右手が裏がえって飛んできて、側頭部を叩かれた。
「いてえ」
 サンジが呟くと、ゾロは不機嫌そうに眉根を寄せた。一瞬目が合い、サンジの胸はどくんと高鳴ったが、ゾロはすぐにふいと逸らし、わずかに距離をとるように体をうつぶせにする。
 しかしこの場から逃げる気は、どうやらないようだ。
 それは果たして諦めなのだろうか。それとも最初に感じたように、何か絶望的な思いによって動けずにいるのか。首筋や胸元に散る赤いしるしが何故だか痛々しいように思われてきて、サンジはゾロの背後にまわると、それを視界に入れないようにもぞもぞと横になった。
 マットの上。蹴落とされないということはこの距離を許されているということだと気を強く持ってみたが、腰のあたりに手を触れるとすぐに跳ね除けられた。
「さわったらだめなの」
 ゾロは答えない。
「俺の事が好きなんじゃねえのかよ」
 うわごとのように名前を呼ばれて背骨がきつく軋むほど縋り付かれて、泣いてしまうかと思った。
「抱きてえって、思ってた。ずっと」
 顔を近づけて背中のくぼみに鼻をつけると、ゾロは体をびくりと震わせた。サンジは大きく息を吸い込み、吐き出す。汗のにおいがした。
 今だって、引っ込みのつかない気持ちをぶらさげたまま、少し開いたわずかなこの距離を埋めたくて必死だ。
「あきらめてくれよ。俺が、どんなに」
 息が震えた。
 夜明けの冷たい空気に、ゾロの背中はいつまでも固いままだった。
(2009/5/29)
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