no title

 下腹のあたりにさらさらとあたるサンジの髪をゆるく掴みながら、ゾロは左手でエアコンのスイッチを入れた。俄かに動き出す音がして、体に貼りつくような熱さを持ってたたずむ空気をかき混ぜ始める。
 サンジはゾロの体に唇を押し当てながらくすりと笑う。
「あちィ…」
 ゾロの唇からふわりと溜息が漏れた。それは熱をはらんで膨らんで冷え始めた空気にとけてゆく。サンジは胸元あたりにわだかまっているゾロのシャツに手をかけて引き上げ、わき腹から、露になった突起をゆるゆると撫でさすった。
「ふ…」
 小さくもらした声には明らかに官能の色が混じり始めているというのにゾロはまだ認めようとしない。
「いいのかよ?このまま」
「もう…よせ、眠い」
「イヤだ。ちゃんとしろよ、お前」
 そう言って口を塞げばあっさりと呑み込むくせに、ゾロはまだ無反応で抵抗している。
「ひとりにすんなよ…」
 サンジはもう一度口づけて首筋を舌で舐りながら手をゾロのものへと伸ばしていく。
「は…っ、サン…」
 ゾロはその手を押さえてようやく目を開けるとサンジを見据え口を開いた。
「あのな」
「何」
 目を見てしまえばゾロは言葉を失った。何故この男はいつも自分をこんな慈しむような目で見るのだろう。その奥にある欲望の光も隠さぬまま、むしろそれを窺い知ることに喜びすら感じるほどの、その目で。
 何、と問う、その声が背骨から腰に重く響いた。
 ゾロはそれ以上言葉をつむぐことを諦めた。いつも、抵抗を試みては敗北する。悔し紛れに腕を伸ばしてサンジの首を引き寄せ、自分から舌を差し出した。サンジは口元を笑いの形に変えて、それを受け入れる。
 粘着質の音と吐息が混ざって、二人の周囲は熱に埋もれた。
「たまには懇願してくれよ。淋しいぜ、俺は」
 まるでいつも自分ばかりが我侭な様な気がして、サンジはゾロの口元に鼻で擦り寄って強請る。
「何を言ってもてめえは淋しがるだろう」
 サンジの髪を不器用にすきながら囁くゾロの声はいつになく甘く、サンジは胸をざわつかせ、呼吸はせわしなく乱れた。
「ゾロ」
 サンジは戦慄く唇でようやっと名前だけを呟き、それを聞いたゾロは髪をすいていた指を肩から背中に回し下ろして苦しげに笑った。
 どうして俺達は二人なのだろうといつも思いながら抱きあって、ひとつになる寸前の淋しさを幸福感と呼ぼうと腕を絡めあう。
 例えどんなに近くにいてもこれ以上。もっと、これ以上。
 これを幸福感と呼ぼうと思うのだ。

 
「漂う小船のような日常」発行時おまけペーパー
2001.9.23発行(文庫版/2003.5.3)
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