橄欖石

 真夏の狭い部屋で男が二人昼間からシーツに包まって。


 快晴の夏の午後、カーテンを引いたままの部屋の中を、布ごしの抑えられた光が照らす。
 シャワーを浴びたゾロは下にスウェットを履いて、肩からバスタオルを下げて部屋に戻ってきた。冷蔵庫から缶ビールを二本出して、一本を、まだベッドに横たわったままのサンジに差し出す。
「サンキュ」
 かすれた声で返事をして、サンジはずるっと体を引き上げてヘッドボードに持たれ、プシュ、とプルタブを引いた。
 嚥下する首の動きを、ゾロはじっと見詰める。綺麗にしなったカーブ、喉仏、鎖骨に下るライン、胸元へと、ゆっくりと視線を下ろしていく。サンジもジーンズをはいただけで、上半身には何も着ていない。
「何見てんの?見惚れてんの?」
 にやりと笑って、サンジがゾロの胸の真ん中を指で押した。
「ばあか」
 ゾロはビールをぐい、とひとくち煽ると、右手に缶を持ったままサンジの腹のあたりを枕にして体を横たえた。サンジのひとさし指が、ゾロの頬の外側をたどる。
「ねえ」
「あ?」
「オレらホモだね」
「そうだな」
「俺さあ、すっげえ思うんだよ」
「何を」
 ゾロは目だけ上げて、サンジの顔を見た。サンジは俯いて優しげな目でゾロを見る。
「ホモになれる俺で良かった…」
 聞いた瞬間、ゾロは思いきり噴出した。一緒に、丁度含んだビールを吐き出し、サンジの顔をに盛大に撒き散らした。
「きったねえ!何すんだクソマリモ!てめえ!」
 サンジは手で拭ってそれをゾロのバスタオルに擦り付け、ついには奪って顔を拭いた。ゾロは体を震わせて笑っている。
「ゲホ、ゲホッ…ハ、ハハハ、阿呆、てめえがヘンなこと言う…からだ…ハハハ、ゲホ」
 噎せながらきれぎれにそう言い、目をあけて見上げると、サンジが聞き捨てならない、といったふうに眉根を寄せて見ていた。
「お前、今…イイこと言ったと思っただろ。殺し文句のつもりだろう…ハハ…」
 ゾロはおかしくてたまらず、しゃくりあげながら腹を抱えて寝返りを打つ。サンジは当然面白くない。
「……悪いかよ。だって思ったんだからしょうがねえだろ!?」
 サンジは頬を赤らめて必死に抗弁を試みるが、どうも言い間違ったという自覚があるので説得力はかけらもない。
「アホか。それ聞いて喜ぶ奴の顔が見てみてえ、ハハハ…あー…苦しい」
 サンジは静かな表情で笑い転げるゾロを見ていたが、やがて大きく溜息をつくと、テーブルに置いたままのタバコに手を伸ばし、一本取り出して火をつけた。
「ま、いいよ」
 右手で煙草を持ち、左手でするりと胸を撫でさする。ピンクの突起がぷくりとたちあがり、ゾロは右側に首を折る。
「ふ…」
静かに目を閉じて、サンジの指先を感覚で追っている。サンジは体をゆっくり折り曲げ、その首筋に柔らかく口づけた。
「だって、こうやったらお前黙るの。黙ってかわいくなんだよ。そういうことを知ってしまっているからね」
「ばかやろう」
「ははは」
 憎まれ口を利きながら、ゾロは肌をなでまわるサンジの掌に自らの右手を添える。わずかに早まった呼吸をおさめるように大きく息を吸い込み、肺を膨らませた。
 サンジの手が好きだ。指も。そのとおりだ、とゾロは思った。こうして触れられると、もうどうしようもないのだ。
このまま流されるのも良かったが、ゾロは思いついて反撃を試みようと、かすかに瞼をひらく。サンジと視線がからんだところで、触れていたサンジの手をゆっくり掴んで口元に寄せると、指先にキスをした。サンジの体がかすかに緊張する。
「俺だって知ってるぜ、お前が弱いものくれえ」
 サンジは茹蛸のように顔を真っ赤に染めて「ちくしょう」と呟いた。ゾロは指に舌を少し這わせると唇から放し、サンジの目を見て柔らかく笑った。
「お前、最近タチ悪いよ」
 サンジは情けなく眉を下げてそう言い、溜息をつくと、見上げてくるゾロの顔をゆっくりと撫でた。ゾロは目を伏せ、待った。サンジの唇がゾロのそれに重なる。
 キスをくれ、と言えるようになってわかったことのひとつだ。サンジはゾロの方から求めたとき、一瞬かなり照れる。最初に気付いたときは何か悪いものでも食べたのかと真剣に聞きたくなったほど、驚いた。
「お前それは、コンプレックスとかトラウマとか、そういうたぐいのもんか?」
「うるせえ」
 サンジが再び口づけてきた。今度は深くて荒いキスだ。ゾロは頭の芯が溶けて何も考えられなくなり、ひたすらサンジの舌の動きに翻弄されるばかりだ。
 ゾロがこの腕にいる幸福を、思い出すのだ、サンジは。何度だって感動できる、その事実さえあれば。
「もっと、もっとだよ、ゾロ」
 ゾロの手が下から伸びて、サンジの後頭部を柔らかく抑えた。
「もっと俺を欲しがって」
 そうしたら、俺はお前が望むだけの気持ちをあげる。胸が膨らんでパンパンになっちまうくらいの、複雑な愛をあげよう。そして、お前が音を上げるまで注ぎつづけよう。満たしてあげよう、胸いっぱいの愛で。
「好きすぎてどうにかなっちまうよ」
 そう言ってサンジはゾロの体をかき抱いた。サンジの肌を感じながらゾロは溜息とともに満足を吐き出す。そうやって目を閉じたまま本気で寝てしまうまで、サンジはゾロの肌をさらさらと撫でるのだ。
 そんなふうに休みの午後を過ごすのはこの夏いったい何度目だったろう?
 それがすっかり日常に変わる頃、オレンジ色の光とともに、柔らかな秋はやってくるのだろう。そうして、出会って最初の一年は、過ぎていくのだ。当たり前の事のようにして、二人が時の流れに気付かぬうちにきっと。  
2002.9.29発行「サードニクス」収録(文庫版/2004.5.2)
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