03.行方知れず

 サンジと連絡がつかなくなって半月が過ぎた。
 電話に出ないし、メールの返事もない。部屋を訪ねても留守だ。三日ぶりにやって来てもやはり同じで、ゾロは鍵を開けて中の様子をたしかめると、小さくため息をつく。すっかり行方知れずだ。
三日のうちに帰っているらしいのは、部屋の様子である程度想像がつく。ソファの上に重ねられた雑誌や、テーブルの上の灰皿。封を切らないままの煙草と、リモコンの位置。元気でやってはいるようだ。それがわかれば、店を訪ねることには躊躇があった。
 ゾロはリビングに入ったところで足を止め、明かりはつけないままで、隅々までぐるりと見渡す。
 サンジが書斎代わりに使っていた空き部屋には、ゾロが置きっぱなしにしていた着替えやなんかがまだ、そのまま置かれているはずだ。以前持ち込んだビデオデッキは元の位置に据えてある。なのに、何故だか急に部屋の中がよそよそしくなったように感じられた。自分の家のようにここで過ごしていた、そういう日があったのがなんだか信じられなかった。まるで、赤の他人の家のようだ。
「……サンジ」
 声は届ける相手のいないまま、ふわりと浮いて消えた。

 どうでもいい話をして笑い合っているうちはいい。煩かったり鬱陶しかったりするのはいつものことだが、合間にふと、風がとまったような、前後と断ち切られてしまったような、そういう時間がおとずれる。そんな時、サンジの顔はきまって、白々しいほどに表情がない。その顔を見るといつもゾロは、落ち着かない気持ちにさせられた。
 だからいつも無言になった。サンジも黙ったままで、最後には耐えかねたように、何か食うか、というのがお決まりの台詞だった。
 理由もわからず距離をとれば、サンジはそのぶん多弁になり、明るく笑った。笑った顔を思い出しながら、ゾロは鼻筋をきゅっとよせ、目を閉じた。もう何度もよみがえらせた感覚がまた戻ってきた。明るい蛍光灯の光に目を閉じたことまでも鮮明に脳裏にうかび、唇の触れた感触と、乾いたてのひらの熱の記憶に、ざわりと肌を粟立たせた。

 キスは二度目だった。足の裏の痛みに顔を顰めながらも、ゾロは引かれた手を振りほどきはしなかった。ソファに引き倒されて、上から圧し掛かったサンジのキスは火を飲み込んだように熱く、ゾロは押しやろうと掴んだはずの肩をいつしか引き寄せ、自分から動いていた。何をしているのかはわかっていたし、どうすればいいかも知っていた。だが、かたくなった下半身があたったところで、サンジは身を引いた。そうして全身を震わせながら「でてけよ」と、やっとのことで口にした。

 あの時なぜそのとおりに動いてしまったのか、何度考えても自分の気持ちが思い出せない。

 もうここへ来ることもないだろう。懐かしいと思うのは、すでに失われたものとして思い出すからだ。ゾロは無人のリビングをぐるりと見渡すと、そっとリビングをあとにした。
 そして玄関ドアに鍵をかけると、ぽとりと、ドアポストに鍵を落とした。  
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