コンビニ

 駅前は閑散としていた。
 最終の電車が高架の上を走り去る音が、だんだん小さくなって夜空に溶けていく。
 客待ちのタクシーの列に、駅の出口から吐き出される人の波を離れ、ひとりまたひとりと、飲み込まれていき、タクシーはとろりとした生暖かい闇の中をすべるように走り出す。
 赤いテールランプがぱっと輝いて左へと折れていくのをガードレールに座って見送ってから、巻島は出口の階段を見上げた。目当ての人物がちょうど下りてくるのが目に入った。
「巻ちゃん」
 高校のころと同じ呼び方で、なつっこく笑う。その頬は赤くそまっていて、近づくとぷんと酒の匂いがした。
「酔ってんのか」
「すこうーし」
 東堂は右手の親指と人差し指でわっかを作り、立ち上がった巻島の肩に笑いながら腕を回す。
「少しだが、なんだか地面がぐらぐらする」
「ったく、よくここまで来られたナ」
「ん、同じ電車に乗ってる奴がいたから」
 巻島はまきついた腕をさりげなくはずし、行くぞ、と背を向けた。
「迎えにこなくていいって言ったのに」
「コンビニに行くついでショ」
 東堂は後ろから、もう一度巻島の肩に腕を回した。巻島は溜息をついて、振りほどくことを諦めた。酔うと触り癖のでる男なのである程度は仕方がない。
 駅から程近い十字路の角に見えるコンビニの明かりは、暗い湖の中の浮島みたいにぼんやりと、たよりなく光っている。肩に回された東堂の腕がゆっくりと、光のほうへ巻島を誘った。
 水と夜食と、明日の朝食。適当にかごに突っ込むその脇から、東堂が、巻ちゃんこれも、とアイスを二つ放り込む。
「あ、あとこれ」
 冷蔵庫の前で呼び止められ、近づくと、東堂は両開きの扉を片方開けて、缶ビールをふたつみっつと手に取った。
「まだ飲むのかよ」
「飲み足りないんでな」
「珍しいショ」
「つきあってくれるだろ」
 有無を言わさない口調でにまりと笑ってみせる顔は高校生の頃からかわらない。言われたからといってつきあう義理はないけれど、行っていいか、とひとことだけ書かれたメールに、くればと返した巻島は、自分がそのとおりにしてしまうことをわかっていた。
 深酒はめったにしない東堂がこうまで酔うのだから、きっと何かがあったのだろう。けれど巻島から、何があったとは聞かない。
 自分がそばにいることを信じて疑わない東堂の言葉はずっと、魔法のような響きで、そうありたいと願う自分に近づけてくれる気がしていた。
 なのにいつの間にか、後ろめたさが先にたつようになった。
 コンビニの明かりがゆっくりと遠ざかり、足元がすこしづつ暗くなっていく。俯いた東堂の顔はほとんど見えない。
 街灯の下を通るたび浮き上がる影で二人の間にある距離を知る。
 東堂のように無邪気に触れることも出来ず立ち尽くすだけの自分が生み出したその距離に、巻島は笑うことしか出来なかった。吐き出した白い息が、ふわふわと虚空に消えていった。
 そして、東堂の巻ちゃんと小さく呼ぶ声にそっと唇をかんだ。
ツイッタでコンビニ寄り道っていうリクをもらって。こっちは続きを書くと思う。(11.11.13)
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